[愛B Café]AICHI BASKETBALL CAFE

「アスリートの内に秘めた感情や生き様を届けたい」バスケットボールメディア「 BTALKS」映像ディレクター 市来健さん【around the basketball 第3回】

バスケットボールを支える人にフォーカスするインタビューシリーズ「around the basketball」。今回は、バスケットボールメディア「BTALKS」を運営する映像ディレクターの市来健さんに話を伺った。

BTALKSが制作する選手の内面に迫る動画は、バスケファンだけでなく、選手からも評価が高い。2023年ワールドカップの全ミックスゾーンで比江島慎選手に言葉を求めたドキュメンタリー「比江島慎|自分に勝った、2度目のW杯」が33万再生を記録している。

正直に明かせば、今回のインタビューは筆者自身の嫉妬がきっかけだった。2024年夏公開されたBTALKSドキュメンタリー『シーホース三河|西田優大|No.1になると誓った再出発の夏』。

私も何度も取材してきた西田優大選手の、これまで見せたこともない表情が映し出されていたからだ。しかも、ほぼ同時期に私も西田選手を取材していた。同じ時期に同じ対象を取材すると、取材者としての実力の差が否が応でも浮き彫りになる。

「市来さんはどのように選手の秘めた思いを引き出しているのだろう?」
「なぜいま西田選手を取材しようと思ったのだろう?」
「クラウドファンディングに挑戦した理由は?」
「BTALKSはどのようにメディアを運営しているのだろう」

西田選手のドキュメンタリーを見て、嫉妬と興味が代わる代わる湧いて止まらなくなった。気がつけば、BTALKSのXに取材依頼のDMを送っていた。

この、愛知のバスケットWEBマガジン「愛B café」を立ち上げて、明日1月16日で丸1年になる。メディア運営の先輩でもある市来さんに、ドキュメンタリー制作にかける信念や、BTALKSがメディアとして目指すものを聞き、今後の愛B caféに活かしたいと考えた。

聞き手:山田智子/愛B café編集長)

 

Contents

アスリートの“グツグツとした部分”を知りたい

・ 子どもの頃からスポーツ一直線。会社員時代の歯がゆさがBTALKSの原点

「露出の偏り」を解決し、「1人でも多くにスポットライトを」

丁寧に作られた「良いコンテンツ」が評価される世界へ

 

アスリートの“グツグツとした部分”を知りたい

7月22日、早朝5時。バスケットボール日本代表vsセルビア代表の解説を終えて帰途に着くタクシーの車内から、市来さんによる西田選手の密着はスタートしている。

「パリオリンピックのメンバーに選出されなかった西田選手が、日本代表戦の初解説をするというニュースを見て、『どんな心境で解説するのだろう』と知りたくなったんです。試合が日本時間の午前3時開始だったので、『試合終了直後の朝5時に撮れたら面白いかもしれない』と映像のイメージも膨らみました。解説の日まで5日くらいしかなかったのですが、急いで企画書を作り、三河の広報さんに連絡をしました」

市来さんが西田選手に興味を持ったのは、6月の日本代表メディアデーでの囲み取材だった。ニコニコとした表情とは裏腹の、『もっと僕の欠点が克服できれば日本の強みなる』という強い言葉に引っ掛かりを感じたという。

「記者会見や囲み取材では、テンプレっぽいきれいな言葉を話す選手が増えてきましたよね。特に最近は、少しでも不適切な発言をすると炎上してしまうので、みんな角の取れたツルツルな言葉を話します。

だけど、そうではなくて、僕はアスリートの『人としてのグツグツしたところ』を見たい。そういう人間らしい一面に触れると、僕も応援したくなるし、きっと映像を見たファンの人たちも応援したくなるじゃないかと考えています。

西田選手も、それまではどちらかというと優等生的な回答が多い印象だったんです。でも、代表合宿で『僕の欠点が克服できれば日本の強みになる』という自信に満ちた言葉を聞いて、彼もグツグツとしたものを秘めているんだなと感じました」

 

▲代表メディアデーのコメント

 

「人としてのグツグツしたところ」とは、どういうことなのだろうか。

「僕は、もがいている選手に取材したくなってしまうんですよ。もがいている選手がいま何を考えているかを聞くことで、アスリートの『人間的な部分』やその選手の『味』を一番出せると感じるからです。『苦しい時期をこんな方法で乗り越えようとしているんだ』とか『物事をこんな風に捉えるんだ』とか、自分と違う考え方を知れるのは僕にとっても刺激になるし、そういう部分が知れるのがドキュメンタリーの魅力だと思っています。

もちろん簡単ではありません。アスリートの多くは自分の弱さを見せたくないと考えています。例えば三河の角野亮伍選手なども自分が努力しているところをあまり見せたくないタイプ。でも、口にはしないけれど、内に秘めている悔しさ、現状に納得していない気持ちは絶対にあるはずです。そこを聞きたいと思いました。

自分自身も表面的な取材が増えていたなあと反省があったので、『絶対にもっと色々な思いがあるでしょ?』とできるだけ深く話を聞くように意識しています。もちろん、無理矢理に挫折したエピソードを引き出そうとは思わないですけど、内側から溢れる言葉を見逃さずに丁寧に拾っていきたいですね」

 

 

『シーホース三河|西田優大|No.1になると誓った再出発の夏』を見ていると、いつものようににこやかに質問に応じていた西田選手から笑顔がすっと消えた瞬間があった。

「僕も悔いはないので、素直な気持ちで解説・応援できました」と“模範解答”を返した西田選手に対して、「本当ですか?」と市来さんが聞き返したときだ。この一歩踏み込んだ言葉をきっかけに、西田選手は自分の悔しさを吐露し始めた。

「あの取材の西田選手は結構“沸いて”いたので、これは新しい一面を見せてくれるんじゃないかと思いました」と手応えを感じたと振り返る。

「それでもっと深みを出していきたいと思い、ちょうどオフシーズンだったので新しいシーズンに向けた取り組みを追いたいと考えました。

西田選手は『モンスターになる』と公言してはいますけど、おそらく彼自身も、現時点ではかなり距離を感じていると思うんですね。モンスターになれなかった時のリスクもある。それでも逃げ場のない状況を作って、自分自身を煽っている。それは腹を括っていないとできないこと。彼の強い『覚悟』を感じました。渡邊雄太選手も同じようなところがありますけど、少しビッグマウスでも『モンスターになる』と言い切ることで、現状の自分を変えようともがいている。そこがとても魅力的でしたね。

そして、その映像を開幕前に公開することで、ファンの方たちも西田選手と一緒に今シーズンを戦うことができる。そういうコンテンツになっていたらうれしいです」

 

子どもの頃からスポーツ一直線。会社員時代の歯がゆさがBTALKSの原点

BTALKSではこれまでも、たくさんのもがいている選手を追ってきた。2023年のワールドカップでは、メンバー入りの当落線上にいた比江島慎選手に全ての試合のメディアゾーンで話を聞いた。初めての海外挑戦となったギリシャ移籍で挫折を経験しながらも、オーストラリアリーグに挑んだオコエ桃仁花選手を追って現地まで取材に行った。そして現在は、中地区最下位にあえぐ名門・川崎ブレイブサンダースのキャプテン篠山竜青選手を追っている。

「順風満帆な選手はメディアの注目度も高いので、僕が追わなくても他のメディアさんに密着されています。だから、『多分誰も行かないだろうな』とか、『苦しんでいる今だからこそ、これまで見せたことがない一面が見られそうだな』とか、他のメディアがやらないことをやりたいというのは常にあります」

そう話す市来さんも、かつては“順風満帆”な選手を追うメディアの側だった。

子どもの頃からスポーツが好きだった市来さんは、将来はスポーツ業界で働きたいと、大学はスポーツウェルネス学科を専攻。在学中に、スポーツビジネスセミナーに参加し、BJリーグ時代の千葉ジェッツのインターンも経験した。

「スポーツはどんな競技も好きでした。特にハマったのがスキージャンプ。深夜に衛星放送で中継されていた海外のワールドカップを観たり、北海道に観戦に行ったこともありました。

小学校の頃は、一人で紙を人型に切って、そこにスキー板を張って。うちわで風を送って飛ばして。フローリングの木目の1つ分を○メートルと見立てて、『何メートル飛んだ』『K点を超えたー!』って、エクセルに記録するという地味な遊びを一人で楽しんでいました。いまYouTubeの企画でやったらウケそうですよね」

大学卒業後は、念願かなって、スポーツ専門の映像制作会社に就職。テレビ局のゴルフ・陸上班に出向し、東京マラソンや出雲駅伝、プロゴルフの中継やそれに関連する番組の企画・制作を手掛けた。その後、スポーツ専門のビデオ・オン・デマンド・サービスを提供する「DAZN」へ転職。海外サッカーと野球担当を経て、バスケットボール担当になり、2019年のFIBAバスケットボール・ワールドカップを現地で取材した。

「もともとドキュメンタリーを見るのは好きだったのですが、実際にテレビの現場でドキュメンタリーを作る機会ってほとんどないんですよ。僕もDAZNで30分くらいの日本代表密着コンテンツを作ったのがドキュメンタリーを作った初めての経験でした」

バスケットボール、そしてドキュメンタリーへの興味が高まった市来さんだったが、ワールドカップの終了後は海外サッカー担当に戻ることになる。「サッカーの番組作りにもやりがいを感じていたし、スキルアップにもつながった」と振り返るが、一方でバスケに関わり続けたいという思いもあった。そこで会社の承認を取って、副業としてBTALKSをスタートさせる。

「僕は自分の興味あることをとことん取材したいタイプ。会社組織にいると、制作費や時間の兼ね合いで取材したくてもできないことってあるじゃないですか。そこに歯がゆさを感じるようになりました。30代という、一番動ける、働き盛りと言われる年齢の時に縮こまっているよりは、自分のやりたいことに時間を使う方がいいのかなと、フリーになる決断をしました。

もともとドキュメンタリー畑の人間ではないので、毎回反省ですけど、会社員時代にできなかったことにチャレンジできていますし、BTALKSを続けながら僕自身も成長できていることが楽しいですね」

 

「露出の偏り」を解決し、「1人でも多くにスポットライトを」

もう一つ、10年間スポーツ映像の世界にいた市来さんがジレンマを感じていたことがあった。

「例えば、ゴルフや陸上の大会でスター選手が10位で、あまり知名度が高くない選手が優勝したとします。優勝した選手を取り上げたいと思っても、人気のある選手、数字(視聴率やPV)が取れる選手を中心に番組が作られます。『他にももっと色々な良い選手がたくさんいるのになあ』という葛藤がずっとありました。

BTALKSで動画を公開すると、ファンの方から『他のメディアではあまり見られないので、◯○選手を取り上げていただいてありがとうございます!』という声が届きます。当たり前ですけど、どの選手にも応援しているファンがいます。だから、きれいごとですけど、極端に言えばPVが10でも成り立つメディアを作りたいと考えるようになりました」

当然、「きれいごと」でメディアを維持し続けることは難しい。だからこそ、BTALKSは立ち上げ当初から「1人でも多くにスポットライトを」というコンセプトと共に、その土台となる「持続可能な仕組み作り」をテーマにしてきた。制作費を確保するため、メディアプラットフォーム「note」の有料メンバーを募り、今回の西田選手のドキュメンタリー制作に際しては初めてクラウドファンディングに挑戦した。

「noteの有料メンバーは最初10人くらいから始まりました。毎月入会者と退会者がいるのでジグザグと推移しながらも、ありがたいことに、立ち上げから4年間ずっと右肩上がりで増えてきました。特定のクラブに絞って取材していれば、もっと退会者を減らすことはできると思うのですが、そうするとBTALKSのコンセプトとずれが生じてしまいます。

自分が応援しているクラブや選手のコンテンツでなくても『見たい』と思ってもらうメディアにするためには、制作する映像で信頼を勝ち取っていくしかない。この挑戦はずっと続いています」

メディアを長く続けるための制作費・運用費をいかに賄うかは、まさに愛B caféも直面している課題だ。実際に、西田選手のクラウドファンディングを実施して、どのような成果があったのだろうか。

「三河の選手を取材するのは初めてだったので、BTALKS自体が三河ファン・ブースターさんに知られていない状況でした。クラファンを行ったことで、制作の進捗を随時報告するなど、1ヶ月かけてファンの方とコミュニケーションを取りながら、最大限の注目を集めた状態で公開日を迎えることができました。告知という部分では効果的でしたし、実際に温かいコメントしか届いていないので、めちゃくちゃ手応えを感じています。

制作費の面でも大変助かりました。これまでは、別のライスワークをしながら、BTALKSを運用している状況だったのですが、それではメディアとして回っているとは言えません。クラファンを行ったことで、今回の制作にかかる経費・人件費を確保することができ、メディアとして一歩前に進めた感覚があります」

丁寧に作られた「良いコンテンツ」が評価される世界へ

現在、クラウドファンディングの第2弾となる川崎・篠山選手の密着を行うなど、精力的に取材・制作を続けている市来さん。今後はBTALKSをどのようなメディアに育てていきたいと考えているのだろうか。

「過去に一度選手から直接、『以前からBTALKSが好きで、他の選手の映像を見て刺激をもらっていました。いまのもがいている自分を残してほしい』と依頼をいただいて、映像を制作したことがあったんですね。選手やクラブに『映像を残すならBTALKS』と思ってもらえるようなメディアになれたらいいなと考えています。

あとは、BTALKSの話だけではないですが、良いコンテンツが評価される世界になっていってほしいです。良いコンテンツの定義は人それぞれだと思うのですが、少なくとも公開スピードだけを競い合うのではなく、しっかりと編集された、メディアさんのスキルが詰まった記事・映像が正当に評価されて、『バスケットボールのコンテンツってレベルが高いよね』と言われる世界になっていってほしい。そのために、僕もコツコツと良い映像を作り続けて、他のメディアさんとも映像の質を高めていけるように切磋琢磨していきたいです」

 

市来さんと同様に、私も愛B caféを立ち上げてから、メディア運営の大変さと同時に、一から丁寧に記事を作り上げる楽しさをより強く感じるようになった。愛B caféもバスケの魅力を伝えられる「良いコンテンツを作るメディア」の一つになれるよう、さらにもう一段ギアをあげて2シーズン目を戦いたいと、市来さんの話を聞いて覚悟が深まった。

 

【BTALKS】

BTALKS YouTube:https://www.youtube.com/@BTalks

BTALKS note:https://note.com/take_i_note/membership/join

第2弾のクラウドファンディング実施中:https://camp-fire.jp/projects/783668/view/activities/655571#main

 

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