東海地区大学・社会人有望選手特集④ 中京大 大矢琉晟投手 “大学2年までは未登板。3年でリーグ戦デビューを果たした右腕は高校、大学での同期と肩を並べ、追い越すことを目指す”
中京大の有力選手特集。第三弾は大矢琉晟(りゅうせい)投手です。
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大矢投手は中京大中京出身で、一学年上に中日ドラゴンズの高橋宏斗投手。同期に日本ハムファイターズの畔柳亨丞投手がいて、間近にNPBへ進んだ選手がいました。
そして大学でも同期でドラフト上位候補と言われる高木快大投手がいる状況となっています。
そんなすごい投手が周りにいる中で、自身は大学2年までは公式戦に未登板。昨年2月に155km/hをマークし周囲の度肝を抜き、そこから一時低迷するも、秋には先発も任され経験を積んできました。
同期に並び、追い越し、NPB入りを目指す1年。そんな大矢投手がどんな歩みでここまで来たか。すごい同期たちの話などとともに聞いていきました。

中京大 大矢琉晟投手
〇大学2年まで表舞台に出られなかったわけ
大矢投手は中京大中京時代、現日本ハムの畔柳投手の控え投手として、3年の夏の愛知大会で2度先発を経験していた。当時から140km/hを出していましたし、大学でも早期デビューがありそうでしたが、大学3年になるまで公式戦での登板はなし。
その原因は疲労骨折だった。「大学に入ってからひじに違和感はあったんですけど、少し休むと痛みは引いてまた投げられる。その繰り返しが続いていました。なかなか思い切り投げられない状態が続いて、球速も高校時代に出した144km/hを更新できない。ある時しっかりと調べてもらったら疲労骨折をしているのがわかって。大学2年の7月に手術を受けました」。
そこからリハビリを経てようやくブルペンに入れるようになった昨年2月。投げてみるといきなり155km/hが出たという。
「高校の時はサイドハンドでしたが、手術のあと、自分に合う投げ方がどういう風かいろいろ探して、少しずつひじを上げていったりしながら今のフォームになった。そうしたら155km/hがいきなり出ました」と笑う。
〇名門中京大中京出身
高校は名門の中京大中京へ進学している。その経緯は?
「野球は小学2年の時に野球教室に通う形で始めました。チームに入ったのが遅くて小学6年の時。実はあんまり野球に乗り気じゃなかったんで(笑)」と当時の心境を振り返る。
中学では硬式の守山ボーイズへ。「そんなに強いチームではない」と大矢投手は語ったが、この守山ボーイズの体験会が一つの転機となる。この時に出会ったコーチからピッチングを教えてもらったことで、ピッチャーが楽しい、野球が楽しいとなって真剣にやるようになったという。
高校の進路を決める際は守山ボーイズの監督が中京大中京出身ということで、中京大中京の高橋源一郎監督に見てもらう機会があり、進学が決まった。「その頃には強いところに行って野球がしたいと思っていたので、希望がかないました」。
〇1学年上が最強世代!自分たちの代でもセンバツへ出場を果たすも
入った当時の中京大中京はどう感じたか。
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