チームの垣根を越えて集まった「野球の伝道師」たち。熊本県高校選抜チームに迫る①
熊本県と沖縄県の高校選抜チームが対戦する「熊本県・沖縄県高校選抜チーム交流試合」が、11月23、24日に沖縄県の糸満市西崎球場で開催される。
今年で2回目となるこの取り組みは、それぞれの県の競技レベルアップと選手・指導者の育成、そして野球振興を目的に2023年から行われている。
そこで「九ベ」は、熊本県選抜チームの強化合宿に潜入。熊本県高校野球連盟の全面協力のもと、その取り組みを取材させていただくことにした。
選抜チームの意義、目的を知れば知るほど共感する点が多く、筆者にとっても多くの学びを得る機会となった。今回は3回にわけて「2024年・熊本県選抜」を紹介する。
※Special Thanks:熊本県高校野球連盟
県選抜チームがもたらす5つの力
高校野球の各県選抜チーム、いわゆる「ピックアップチーム」は、もともと海外チームと試合をする場合にのみ結成が許可されていたという。その規定が3年前に見直され、国内の都道府県選抜同士でも試合が行えるようになった。
九州地区ではまず、宮崎県と鹿児島県がいち早く県選抜チームを結成し、交流試合を開始する。一方、熊本県は2011年から県上位校による交流試合を続けてきた沖縄県と協議し、2023年からピックアップチーム同士の対戦をスタートさせている。
このように、九州地区ではすでに熊本、宮崎、鹿児島、沖縄で県選抜の活動を行っている。以前から選抜チームを組んで海外遠征を行う都市部の地域もあったが、3年前の規定改正以降は、九州地区のリアクションが思いのほか早かった。
熊本県高校野球連盟の齋藤輝久理事長によると、熊本県が県選抜チームを結成した目的は、大きく分けて「①野球の普及②県全体のレベルアップ促進③若手指導者の育成④選手のプレーの幅を広げる⑤中学生の地元残留促進」にあるという。
今年の選抜チームには、県内22校から24選手が選ばれている。つまり、複数の選手が選ばれた学校は2校のみ。熊本県は「城北、熊本市内、城南」と大きく3地区に分類されているが、地区別で見ても学校数の多い熊本市内が15、城北が5、城南が4と、各地区の有力選手が満遍なく選ばれている印象を受ける。
それが意味するところを齋藤理事長が説明してくれた。
「各学校から推薦できるのは3名までです。そこから選考会をすることにも非常に意義があって、今年は80人ぐらいが集まりました。そこに参加するだけでもチームにとっては刺激になるということから、各校の先生方も主力選手を推薦してくれます。中には九州大会や甲子園を経験している選手もいますが、大半はそうした上級の大会に出場したことがない子供たちです。そのような子が甲子園経験者などと一緒に野球をすることで、普段はどういう練習をしているのかを知ることができます。いろんな選手が揃えば、その向こうにいる各学校の監督さんの野球も見えてきますよね。その中から自分のチームに合うようなものを選び、各チームに持ち帰って還元してもらうことが最大の目的なんです」
これまで九州大会や甲子園に縁のなかった選手たちが、レベルの高い野球を知り、それを県内の津々浦々に持ち帰ってチームや地域に還元する。その結果、それぞれのチームが強くなれば、野球の普及①においてこれ以上の特効薬はない。
昨年の選抜チームに天草工から唯一選ばれた山﨑陽大は、沖縄遠征から自チームに戻ってくるやいなや「このままじゃ勝てないぞ」とチームを鼓舞し、今夏の4強躍進につながるきっかけを作っている。
「それこそが狙いなんです」と齋藤理事長は力を込めた。
「これも昨年の話ですが、公式戦ではなかなか勝てないものの、本当に素晴らしい球を投げる投手がいました。そういう投手が選抜チームに入ると、やはり力通りに投げてくれるんですよ。その子も野球で就職が決まったという話を聞きました。他にも大学関係者の方が結構見に来られますね」
「甲子園出場」以外に「県選抜に選ばれるような選手になりたい」という個人の目標があってもいい。選手としてのスキルアップは、それぞれのチームだけでなく、広くは県全体のレベルアップ②につながるのだ。2024年は熊本国府がセンバツに出場したが、それ以前の一般枠での県勢センバツ出場は2017年の秀岳館まで遡る。県勢の競技レベル向上を図るうえでも、県選抜チームの存在は非常に大きい。
有能な中学生が憧れる場所に
今年の選抜チーは、文徳の森田崇智監督が率いる。監督は九州大会以上の上級大会を経験している人の中から選出する。理由は「勝ちを経験している監督は、必ず何かを持っているはず。それを若い指導者や選手たちは吸収してほしい」からだ。なお、第1回の昨年は東海大熊本星翔の野仲義高監督が務めた。来年度の監督は、今回の沖縄遠征終了後ただちに候補を絞り込み打診するという。
なお、今年の森田監督が熊本市内の所属ということもあり、コーチは城北、城南の両地区から選出。城北からは翔陽の宮端航平副部長、城南地区からは八代の湯澤勇貴部長が選ばれた。このように、同地区のスタッフが被ることがないよう配慮し、今後の熊本県を担っていくであろう若手指導者をピックアップする。つまり、この熊本県選抜は選手だけではなく、指導者育成の場でもあるのだ③と齋藤理事長は力説する。
一方、各チームから推薦される3名は、どうしても投手、捕手、遊撃手あたりの選手が被ることが多い。とくに多いのが遊撃手だという。同じポジションの選手が選出されることも多くなるが、当然その中からセカンドやサードといった「専門外」のポジションに回る選手も出てくる。
しかし、このコンバートが選手たちのプレースタイルに幅を持たせるきっかけにもなるのだ④。去年の選抜チームに名を連ねた有明の徳安栄良は遊撃手が本職だったが、選抜では二塁手を務めたことがきっかけとなり、最後の夏も二塁手で出場している。
また、自チームで主軸を打っている選手が、1番、2番や下位を打つこともある。普段は打たない打順に収まる経験は大きく、彼らが上で野球を続けることになった時に必ずプラスになるだろう。
繰り返しになるが、県選抜チームがレベルの高い野球を繰り広げ、そこでプレーした選手たちが自チームに経験と知識を還元する。そうすることで、各地に上質の野球が広まり、県全体のレベルを押し上げていく。となれば自ずと県選抜チームの価値は高まり、県内の高校球児だけでなく、球児予備軍の小中学生にとっても憧れの場所になっていくはずだ。
「他県もそうだと思いますが、熊本はどうしても選手の県外流出が多い地域です。熊本県の中学生は、本当に能力が高いんです。毎年のように近畿や関東の超強豪校に複数の選手が進学していますからね。ただ、私たちがこういう取り組みを続けていくことで、ちょっとずつでも“地元に残りたい”という子供たちが増えてくれれば⑤と思います」(齋藤理事長)
この選抜はアウト・オブ・シーズンに入る前の活動になる。したがって、各チームはまだそれぞれの練習試合をしている状況で、大事な選手を送り出していることになる。これは「自チームだけではなく、県のレベルが上がっていかないと、九州や全国では勝てない」という思いを、県内各校の指導者が理解し共有している証だろう。熊本県という大きな規模の中で、これだけ足並みが揃っていることが何よりも素晴らしいと思う。
「お隣の大分県はすごいなと思います。来年で7年連続ですか。毎年のように県内の学校がセンバツに出場しているじゃないですか。それも、明豊ばかりではなくて、公立・私立に関係なくいろんな学校が切磋琢磨しながら出ていますよね。これはやっぱりすごいことです。熊本県としては、そういったところを目指したいなと思っているので、この選抜チームの活動を大きなきっかけにしたいですね」
齋藤理事長の想いは、県高校野球関係者すべての願いなのである。
(つづく)
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