あれから6年。巨人の大エース・戸郷翔征に謝りたいこと
この冬、「九べ」では九州地区出身のトッププロ選手の高校時代を、スポーツライター加来慶祐が回顧する。その第1回目は、宮崎県の聖心ウルスラ学園からプロ入りし、2018年ドラフト6位から巨人のエースにまで登りつめたのが戸郷翔征だ。
プロ入り6年目の今季は自身初の開幕投手を務め、5月24日の阪神戦では史上89人目のノーヒットノーランを達成。初の防御率1点台(1・95)を記録し、2度目の最多奪三振王のタイトルも手にした。11月のプレミア12では侍ジャパンのエース格として決勝戦のマウンドにも上がっている。
次代の日本球界をリードしていくであろう右腕に、筆者が謝りたかったこととは⁉
宮崎の奪三振王を生み出した「可動域の広さ」
戸郷翔征が初めて世の中に出現したのは、2017年。140㌔台中盤の快速球を投げる聖心ウルスラ学園の2年生エースとして、戸郷は甲子園へと乗り込んだのだった。
まずは九州対決となった初戦の早稲田佐賀戦で先発。9回を投げ切り11奪三振、2失点(自責1)でチームに聖地初勝利をもたらした。なお、このウルスラの勝利はカタカナ名の高校による夏の甲子園初勝利でもあった。
続く聖光学院(福島)戦は、相手打線に低めの変化球をしっかりと見極められ、戸郷は「投げる球がなくなっていった」と徐々に追い込まれていく。結局7回1/3を投げて四死球2、5失点(自責4)で敗戦投手に。奪三振もわずかに1と、持ち味を発揮できずに2回戦敗退に終わっている。
この甲子園のあと、戸郷は投球フォームのモデルチェンジに取り組んでいる。甲子園時はサイドに近い低い位置で腕を振っていたが、大会後からスリークォーターに“上方修正”。これによってシュート回転の球が減り、球威はさらにアップした。
また、戸郷といえば大きなテイクバックも特徴のひとつ。ただ、右肘がより奥へと入るものの、可動域が他の投手より広いため大きな故障にもつながらなかった。そのうえ左肩が開かずにしっかりキープできるため、しなやかな腕の振りに弾きの強さが加わり、威力のある真っすぐがさらに破壊力を増すのだった。
しかも戸郷はリーチが長いため、リリースポイントをより打者近くに寄せることができた。こうした球持ちの良さも、戸郷にとっては大きな武器となった。
プロ入り後も2度の最多奪三振王に輝いているように、高校時代から奪三振率の高さは目を見張った。甲子園に出場した2年夏も、宮崎大会では投球回37を大きく上回る45奪三振を記録している。また、3年春先の日大山形との練習試合でも7回14奪三振をすべて空振りで奪っているほか、小林西との春初戦も9回で14個の三振を奪った。
3年夏は準々決勝で日章学園に敗れたが、戸郷は夏の終わりになって圧巻のピッチングを見せつけるのだった。
ドライチ軍団相手に演じた意地の奪三振ショー
この年、宮崎ではU18アジア選手権が開催された。本大会開幕を前に行われたU18高校日本代表と宮崎県選抜との壮行試合に、戸郷は宮崎県のエースとして出場。戸郷は2点を奪われた初回途中からリリーフ登板し、常時145㌔前後を計測する真っすぐとスライダーを軸に、5回1/3で2失点ながら9奪三振と、高校ジャパンをキリキリ舞いさせたのだった。
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