久保憲司のロック・エンサイクロペディア

【世界のロック記憶遺産100】 ダムド『地獄に堕ちた野郎ども』 一番最初にツバを吐いたパンクは誰か? (久保憲司)

Damned Damned Damned

 

以前、パンクはなぜツバを吐くのかという記事で、パンクのスピッティング(ツバを吐く)は「俺とお前は一緒だぜ」という同化行為の現れかもと書きました。お祭りで男同志が裸で汗をかき、ぶつかり合いながら、水をかけられて、一つになるのと同じだと。

一番最初にツバを吐いたのは誰か?アフリカのマサイ族のジャンプ踊りのようなパンク独特のダンス、ポゴを一番最初にやったのはシド・ヴィシャスでした。ツバを一番最初に吐いたのもシド・ヴィシャスかなと調べてみたら、ちゃんと誰が一番最初にツバを吐いたのか分かっているんですね。びっくりしました。元祖ツバ吐き、本家ツバ野郎、そんなのは全部眉唾だと思ってました。ジョン・ライドンが「ツバの元ネタは俺だ。俺は蓄膿症だったから、ステージでよく鼻チーンをやっていたからそれを真似たのだ」と言ってました。ジョニーの片手鼻チーン飛ばしは見事だったけど、あんたそれを人にかけたこともないですし、ツバと鼻水は違いますから、なんでも俺だという癖は直した方がいいですよ。

みなさん、誰がやり始めたか知ってます?

なんとダムドのドラムのラット・スキィビーズだったのです。この人が全ての諸悪の根源でした。今は誰もツバを吐かないからいいんですけど。当時は本当に汚かった。ツバじゃないです、痰ですからね。透明なのは少なくて、緑とか、黄色のが飛び交ってました。パンクのコンサートは気持ち悪くって、前には行けませんでした。ダムドの映画『地獄に堕ちた野郎ども』でツバのことは描かれていたんでしょうか?

クラッシュの最後のギターリストの一人ヴィンス・ホワイトの本『OUT OF CONTROL:The Last Days of The Clash』で、彼の初ロンドン・ライブ、ブリクストン・アカデミーのライブで、ツバの洗礼を受けてブチ切れて、ライブ終わって、楽屋でジョー・ストラマーに「誰が一番最初にツバなんかかけ出しだしたんだ」と聞いたら、ジョー・ストラマーが「ダムドだ。あいつら客でムカつくヤツがいたら、ツバを吐いてたんだ。ある日、客の中でツバを吐き返すヤツがいたんだ。そうしたら、みんなツバを吐くようになった」

ピーンときましたよ。ジョー・ストラマーは名指ししていませんが、ツバを吐いたのOut of Control: The Last Days of ラット・スキィビーズだって。

昔、スマッシュの日高さんがブチ切れて「ダムドのドラムの奴は人種差別主義者か」と僕に聞いてきたので、僕はびっくりして「えっ、そんなことないすよ。ダムドのメンバーって全員紳士的でしょ」と答えました。ヴィスコンティの名作「地獄に堕ちた勇者ども」と同じ名前を持つバンドですよ、ヴォーカルのディヴ・ヴァニアンはヴィスコンティの映画に出るような美しい顔を持った男ですよ。そんな顔にツバがかかっても一切動じず、歌う男、そしてキャプテン・センシブルもバレリーナの格好や、全裸であそこをベースだけで隠して弾く変態ですよ、そんなはずないじゃないですかと思ったが、「どうしたんですか?」と聞くと「打ち上げであいつご飯を吐きかけるんだよ、はじめはバカだなと思って、見てたんだけど、よく見てると日本人スタッフにしか吐きかけてないんだよ」と怒るのです。

長年の謎が見事につながりました。ラット・スキィビーズってそういう人だったんですね。どんな奴だ。調べると客でビール缶を投げる奴がいて、そいつを見つけたラット・スキィビーズは犯人をステージに上げました。犯人はラット・スキィビーズに、ぶん殴られるのか?!お客さん全員、ステージに釘付けです。緊張の一瞬、みんなハラハラドキドキです。で、ラット・スキィビーズが何をやったかというとそいつにツバを吐きかけたのです。爆笑です。いじめられっ子の仕返しか。エンターティナーが客を殴ることは出来ないので、正しい選択なんですが。いや正しくないか。正しいのはスタッフに言って、そいつを追い出させるのが正解ですね。でもツバを吐くといういじめられっ子がいじめっ子にキレた時にする行為、いじめられっ子、負け犬、疎外された子、マイノリティの音楽らしい行為です。

パンクというのは元々の語源は刑務所の隠語で、カマを掘られた奴のことなんです。この辺のことはMC5『Kick Out The Jams 』 の回で書いてます。

エンターティナーは客を殴らないと書きましたが、殴っていた人がいます。スーサイドのアラン・ヴェガです。コンサート中で座って見ている客を「起きろ」という意味で殴っていたそうです。

 

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tags: James Chance John Rydon Sid Vicious Suicide The Clash The Damned 日高正博

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