久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ケンドリック・ラマーの4作目『DAMN.』 ラップはハードボイルドな小説からドストエフスキーのような小説に一歩前進した (久保憲司)

 

ケンドリック・ラマーの4作目『DAMN.』がリリースされた。この発売の前が『Untitled Unmastered』という名前のミニ・アルバムだったので、方向性に悩んでいるのかなと思っていたのだが、『Good Kid, M.A.A.D City』に続くような作品で僕は大満足だ。

世間では『Good Kid, M.A.A.D City』より評判のいい3作目『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』はホワイトハウスが映ったジャケット、ピンプなんて70年代な言葉、ジャジーでソウルフルなティストと、お前の方向性はこっちじゃないだろうと思って、実はあんまり聞いてなかったのです。

今回『DAMN.』がどんなアルバムかと『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』を聞き直したら、70年代のブラック・パワーにリスペクトとか、ブラック・ライブズ・マターのようなアルバムじゃなく、『Good Kid, M.A.A.D City』の続編のようなアルバムで、さすがケンドリック・ラマーと思いました。

出だしが、スライ・アンド・ファミリー・ストーンながら言っていることが“黒人だけがスター”ですもんね。笑いました。原曲は人種差別なく誰もがスターなのに。いいと思います。綺麗ごとなんかクソ食らえです。『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』本当は『トゥ・ピンプ・ア・キャタピラー』というタイトルで2PACのアナグラムで彼が愛する2PACへのアルバムと、2PACと同じ位置に立ったアーティーストの悩みを告白したアルバムでした。蝶々(バタフライ=成長)、キャタピラー=毛虫から成長する。ホワイトハウス前にいる黒人たちもゾンビのようですもんね。アーティストの成功を妬む人たちです。

『Good Kid, M.A.A.D City』は一人の少年がオカン(おばあちゃんだっけ)から車を借りて、コンプトンの街を彷徨ううちに事件に巻き込まれ、友達が一人亡くなる1日の出来事。そして、その少年はコンプトンを出ることを決意する。その少年はケンドリック・ラマーになる。まさにケンドリック・ラマーがどうやって出来たかというのを告白したアルバムです。告白2回目ですね。途中途中に入るオカンからの留守電がいいんです。はじめは「車早く返してね」というメッセージが、だんだんと「どこいってんねん、はよ返さんかい」というメッセージになり、最後の方にはすごく心配している声になっている。映画を見ているかのようなアルバム。一人の少年が色んなことを経験して大人になるという設定はザ・フーの『四重人格』、それを映画化した『さらば青春の光』を思い出させる。

黒人のケンドリック・ラマーがザ・フーを知っているとは思えないが、でも、いい黒人アーティストというのは白人音楽にも精通していると思う。グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴがなぜあんな格好をしていたかというとロック・スターになりかったからだ。そして、ラップの雛形となった「ラッパーズ・ディライト」の元々のライムを作ったコールド・クラッシュ・ブラザーズのグランドマスター・カズは「自分のラップはサイモンとガーファンクル、バリー・マニロウ、ビートルズ、ストーンズなどの歌詞に影響を受けていた、自分のラップが詩的なのはそういう白人の詩的な世界に影響された」と言っている。

ケンドリック・ラマーのアルバム構成にはとっても白人的なものを感じる。この映画のような構成はザ・ストリーツのアルバムを思い出させる。2作目『ア・グラウンド・ドント・カム・フォー・フリー』は彼女とイビサに行こうと貯めていた1000ポンドが消えて、それを探す1日の物語、『Good Kid, M.A.A.D City』みたいに誰も死なないけど、ちゃんとオチがあるところなど似ている。そして、3作目『ザ・ハーディスト・ウェイ・トゥ・メイク・アン・イージー・リヴィング』はスターになったザ・ストリーツ=マイク・スキナーのスター生活のドタバタと。4作目の『Everything Is Borrowed』は落ち目になった自分という。ジャケットを見るだけでそのアルバムが何を歌っているか分かるんですよ。1作目『Original Pirate Material』は公団住宅『ア・グラウンド・ドント・カム・フォー・フリー』はバス停でバスを待つマイク・スキナー、『ザ・ハーディスト・ウェイ・トゥ・メイク・アン・イージー・リヴィング』はいい車の前でいい服着てるんだけど、車が壊れていて、途方に暮れている感じ、『Everything Is Borrowed』は滝の写真、自殺しに来たんかいw、最後のアルバム『Computers and Blues』は公団よりちょっといいマンションにいるマイク・スキナー、大変だったけど、これくらいの家に住めるようになったね。あとは地道に頑張りなというジャケット。

ケンドリック・ラマーはまだ途方に暮れて滝のジャケットなんか使えないですよね。彼が今作でいいたかったことは…、その前に今作の手法はオチを最初に見せることですね。一曲に何を言っているかというと、“盲目の女性が目の前で、何かを一生懸命探している。僕はその人を助けようと、「すいません、何かを落としたのですが、僕も一緒に探しましょうか?」と声をかけるとその女性は「ええっ、探しているんです。あんたの命をね」バキューンとピストルの音、よくある怖い話ですね。その女性は死神だったんですね。

 

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tags: Anthony "Top Dawg" Tiffith Grandmaster Flash and the Furious Five Kendrick Lamar The Streets

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