久保憲司のロック・エンサイクロペディア

『ザ・スミス』全曲解説[前編]・・・一番難解とされるスミスのデビュー・アルバム。スミスはシングル盤のバンドでした

 

この頃、名作アルバムの全曲歌詞対訳をやっているのですが、面白いでしょうか?

アルバム全ての歌詞対訳をやれば、そのアーティスト、バンドがどういう人なのか、当時の空気感、なぜそのアルバムが重要なのか、今この作品はどういう風に聴かれるべきかが理解されるかなと思ってやっております。

色んな名作が気楽に聴けるようになったストリーミング時代のオン・ライン上の新しいライナーノーツを目指しております。

読んだだけで、聴いているような気分になる、読んでから聞き直すと百番面白くって、人に話したくなるように書いております。

日本盤を買えば対訳がついていたのですが、その訳を読んでもその曲がどういうことを歌っているのか、よく分からないことが多かったです。訳した人が詩や英語の解説を書いてくれたらいいのにと思っていたのですが、そんなライナーノーツは一つもなかったです。そんな当時の自分の不満を解消するためにも書いております。

全部の歌詞をちゃんと読めば、今まで分からなかったものも分かるようになったり、あっ、こんな意味だったのかという新しい発見があったりします。そういう発見を共有出来れば嬉しいです。

というわけで、たぶん一番難解とされるスミスのデビュー・アルバム『ザ・スミス』の全曲解説をいってみましょう。

スミスはシングル盤のバンドでした。シングル盤のバンドってどういうこと!?と思われる人が多いと思いますが、このアルバムが発売された84年はアルバムの時代だったのです。

正確に書きますと、パンク、ニュー・ウェイブが登場してアルバムからシングルの時代に戻って来ていたのですが、レコード会社的にはシングルは儲からないからアルバムを優先する傾向に戻りつつあったのでした。

ビートルズ、ストーンズがデビューした60年代はシングルがとっても重要で、重要というか、当時の若者はアルバムを買うお金がなく、シングルが話題、マーケットの中心だったわけです。それをビートルズがシングルよりもアルバム中心の世界に変えていったわけです。そして、ポップ・ミュージックは儲かるビジネスとなったのです。

ビートルズ以前は1日でアルバムを録音して、利益率のいいアルバムを売ることが出来るクラシックやジャズの方が地位が高かったのですが、ビートルズはそんな世界を変えたのです。

ロック、ポップスよりクラシックやジャズの方が売れていたなんて、知っている世代は僕より2世代前ですが、一つ前の世代はビートルズが世の中を変えていった世界を実感したことでしょう。

そして、僕の世代、50代の人たちは、ロック=アルバム、そんなのダサいだろと登場したパンクを経験した世代です。もちろんレコード会社はそのマーケットの変化に対応しようとしたのですが「やっぱ利益率はアルバムがいいよね、パンク、ニュー・ウェイブは儲からないよ、アルバムが売れるアーティストを育てないとダメだ」と思っていた頃に、スミスは登場したのです。

パンクのように「アルバムダサいよね」ではなく、60年代はシングルが輝いていた、その雰囲気を取り戻したいと登場したのがスミスです。

スミスのデビュー・シングル「ハンド・イン・グローブ」にハーモニカが入っていたのを聴いて「俺たちはビートルズになる」と宣言しているんだなと思いました。あの頃、ハーモニカを入れているバンドなんか誰一人いませんでした。世界一年寄りのパンク、UKサブスのチャーリー・ハーパーがハーモニカをムッチャ吹いていたような気がするんですが、あんまり覚えてない。誰もがハーモニカなんかフォークだろ、ダサいだろと思っていたのです。

ギャング・オブ・フォーとニュー・オーダーはメロディカを吹いていましたが。鍵盤がついたようなハーモニカというか縦笛というか、これも今の人が見たらダサいと思うかもしれませんが、オーガスタ・パブロというレゲエのアーティストがピアニカをリード楽器にした傑作アルバムを作っていたので、ピアニカはイケていたのです。

「ハンド・イン・グローブ」はそれほど売れなかったのですが、のちにヴァンパイア・ウィークエンドに引き継がれたアフリカンなリンガラ・ギターが入った「チャーミング・マン」は売れました。ここでスミスはレコード・チャート的にもブレイクしたのです。ライブは「ハンド・イン・グローブ」がリリースされる前から話題になっていました。「ハンド・イン・グローブ」がリリースされる前のライブを僕は見てるんですが、その時から、花屋で売れ残っていた花を箱ごと買ってステージにばらまき、他のバンドとは別格のライブをしてました。僕は一瞬にしてファンになりました。

そして映画『コレクター』のワン・シーンをジャケットにした三枚目のシングル「ホワット・ディファレンス・ダズ・イット・メイク?」、究極のオタク(犯罪者)をジャケットにし「それがどうした」と歌う、まさにスミスがどういうバンドか一発で分かるシングルでした。不況のイギリス、ゲイ、オタク(当時はそんな言葉なかったですけど)、全ての状況に「それがどうした」と言ったのがスミスだったのです。

そんな中、録音され、リリースされたのが、デビュー・アルバム『ザ・スミス』なのです。そして大失敗作なのです。なぜ失敗したかというと、一番最初に器用したプロデューサーが、素人みたいな人で、録音を失敗し、スミスのライブの感じを何一つキャッチ出来てなく、次のプロデューサーに「手直しするより、録音しなおした方が早く仕上がるよ」と言われる始末、世界を変えるはずのバンドのデビュー・アルバムが傑作じゃないなんて、悲劇でしかないんですけど、でもそれがスミスぽくっていいかなと僕は思っているのです。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビュー作と同じくらい重要なアルバムだと僕は思っているのです。

 

 

1.「リール・アラウンド・ザ・ファウンティン」

“君が大人にした”なんてフレーズが出てくるから小児性愛の歌なんていう人がびっくりするけど、普通に恋の歌でしょう。当時のロックからすると噴水の所でのデートの話なんて、誰も歌にしないことだったんですけど、それがいいんじゃないですか。モダーン・ラバーズの「アストラル・プレイン」と同じ、アストラル・プレイン(公園にある遊具の名前だよ)で待っているよ、なんてヒッピーなフリー・セックスの時代に誰も歌わなかったことを歌わなかったことがいいんじゃないですか、ノスタルジックです。

“君に平手を食らっいたいて”、当時そんなことを思う奴は誰もいなかった。今でいうと壁ドンですよ。壁ドンして、恋に落ちるなんて誰もそんなこと思わないですけど、密かに憧れているって奴ですよ。

 

誰も君のことを理解しなかったけど、

君と15分入れば、僕はノーって言えなくって、

僕は君のことがよく分かるんだ

全て少女漫画の世界(モリッシーにとっては古い映画か小説)かもしれませんが、それがいいんじゃないですか。

 

2.「ユーヴ・ゴット・エヴリシング・ナウ 」

「ホワット・ディファレンス・ダズ・イット・メイク?」や「ヘヴン・ノウズ・アイム・ミズラブル・ナウ」「ミート・イズ・マーダー」と同じメッセージ・ソング。メッセージ・ソングというのはおかしいか、完璧なるスローガン、キャッチ・コピー。「ユーヴ・ゴット・エヴリシング・ナウ 」というフレーズだけで全てが伝わっているかのように感じさせてしまうモリッシーの天才さ、これに僕たちはやられてしまったのだ。「分かるだろ」「分かるよ」の関係性、僕らは秘密結社のメンバーだった。モリッシーがスミスがイギリスを世界を変えると思っていた。

「君は全て持ってるよね」と勝ち組の奴に負け惜しみを言っているようで、自分は全てだめだったけど、だからこそ僕は「全て持ってる」と言うように聴こえる。

スミス時代のモリッシーを象徴するフレーズであり、あの頃のイギリスの若者、そして、今のニートを代弁するフレーズ

“僕は仕事をしたことがない

僕はクソみたいな仕事しなたなかったからね

仕事を持っている君はいつも微笑んでいるけど

僕は君が楽しく笑っている所なんかみたことない

誰が金持ちで、誰が貧しいのか

僕は言えない

僕は仕事をしたことがない

出たがりじゃないから ”

まさにひきこもりの歌ですよ。

オチは

僕は恋人なんて欲しくない。

君の車の後部座席に座っていたいだけ。

助手席に座らなくっていいんだというラブ・ソングになりますけど。

これもひきこもりのラブ・ソングか、今のニートの人たちは2次元の恋人を持ってしまいますけど、84年はまだまだそんな感じじゃなかったんです。

 

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tags: The Smiths ザ・スミス

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