久保憲司のロック・エンサイクロペディア

スフィアン・スティーヴンスの最新作『ジ・アセンション』は、現在のエレクトリカと呼ばれるジャンルの最高傑作

 

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

新年から古いネタになってしまうのですが、スフィアン・スティーヴンスの最新作『ジ・アセンション』について。リリースは去年9月なんですが、全然今までのアルバムと違っているのに、「全然違うじゃん」と騒がれることもなく彼の歴史に組み込まれそうなので、書きたいなと。しかも彼の傑作『キャリー・アンド・ローウェル』と並ぶ作品でもあるんですよね。

 

 

『キャリー・アンド・ローウェル』がインディ・フォークの名盤とするなら、『ジ・アセンション』は現在のエレクトリカと呼ばれるジャンルの最高傑作じゃないかと僕は思っているのですが、どうでしょう。

完全にデペッシュ・モードなんです。エレ・ポップだったデペッシュ・モードが内生的なアルバムを出して、アイドルからオタクの神様みたいになってた頃に似ているなと。

彼がエレクトリックな作品をやると実験的な感じだったのですが、『ジ・アセンション』はそんな世界から完全に別次元の作品となってます。

正直に告白すると『キャリー・アンド・ローウェル』はエリオット・スミスがやっていたことを引き継いでいるだけと言う気はしてます。もしくはルー・リードの『ベルリン』のような架空のカップルではなく、スフィアンの両親の話を自分の話、いや彼の住むアメリカについて語ろうとした意欲作でした。

これを作った後は、『ミシガン』『イリノイ』に次ぐ他のアメリカの州のアルバムを作っていくんだろうと期待してたんですけど、「アメリカの50州についてのアルバムを作っていくんだ」と言ってたのは、なんと「全50州についてのアルバムを作ると言えば、みんなが注目してくれるんじゃないかと思ったんだ」とのことで、ずっこけました。

 

 

確かにアイダホのことでアルバム作るのは難しいですよ。ミシガンはデトロイトだし、イリノイはシカゴだし、すごい歴史がありますけど、アイダホにはポテトしかないような気がしますもんね。

いや、いや、そんなことないです。僕は京都に住んで7年になるんですが、日本の東京以外の街ってこんなに楽しいのかと思ってます。それまでは東京以外面白いところないんじゃないかと思ってたんですが、出来るなら、僕も日本中色んな所に住みたいなと空想しているのです。長野、奈良、神戸…でも僕の人生もあと20年もないと思うので、あと2箇所くらいしか住めないのかなと思ってます。しかも年寄りだから、引っ越しは精神に変調をきたす危険がします。環境の変化に精神がついていかなくって気が狂ってしまうじゃないかと感じているので、最後まで京都にいるような気もしています。

あっ、すいません、僕の話になってしまいました。ソフィアンは『イリノイ』を作った後に「それは無意味だと気付いた。アメリカは、もう健全な題材ではなくなったと思う」と語っていて、アメリカのことを歌うことが嫌になったみたいです。このアルバムの最後に、その思いを込めた歌が12分にわたって歌われています。ちょっとランディ・ニューマンみたいですけどね。LCDサウンドシステムの「ノース・アメリカン・スカム」と同じで、みんなアメリカのことを歌いだすと、ランディ・ニューマンみたいになっちゃうんですけどね。でもこの曲も名曲です。

 

I have loved you, I have grieved
I’m ashamed to admit I longer believe
I have loved you, I received
I have traded my life
for a picture of the scenery

Don’t do me what you did to America
Don’t to me what you did to America

 

君を愛してたよ、悲しんでもいた
恥ずかしけど、もう信じられない
君を愛してたよ、君からもそう感じてた
僕の人生は絵葉書と交換した

君がアメリカにしたことを僕にしないで
君がアメリカにしたことを僕にしないで

「アメリカ」

 

多分、アメリカを分断しようとしている人たちについての歌でしょう。そして、彼は都会を離れることにしたそうです。

実に分かりやすい。いや正しい、間違っているかなと思えばその場から逃げたらいいのです。彼は山の中に引っ越し、2年間、毎日朝起きて、何時間もかけて、少なくとも五回はこのアルバムを作り直したそうです。

 

 

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