久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ザ・ストゥージズ『イギー・ポップ・アンド・ストゥージズ』 彼らはアメリカの典型的な若者たちからバカにされていた負け犬たちだった [全曲解説(前篇)]

 

こんな時代だからイギー・ポップのいたザ・ストゥージズのファーストの全曲解説やりたいと思います。まずは前編です。

ファーストからは「1969」「アイ・ウォナ・ビー・ユア・ドッグ」「ノー・ファン」の三曲だけでもいいような気もしますが、ファースト『イギー・ポップ・アンド・ザ・ストゥージズ』、セカンド『ファン・ハウス』、ギターがジェームス・ウィリアムソンになった3枚目『ロー・パワー』、そしてイギーのソロ『イディオット』『ラスト・フォー・ライフ』は大事なアルバムなのです。村上龍風に言えば何かを象徴しているのでです。これを読んでくださればそれが何なのか分かるかと思います。


 

1.「1969」

1969という意味深な数字で、一体どんなことを歌っているのでしょう。タイトルに負けないすごいこと歌っているんです。

それ以上に出だしのイギーの「オールライト(大丈夫か」という掛け声が気持ち良すぎてたまりません。もう何万回と聴いてますが、これを聴くだけでイケます。この声だけで、僕は生きていけるような気がします。

本当はバンドのメンバーに「準備出来たかい」みたいな感じで言っているだけなんですけどね。

この声に答えるグルーヴで僕は死んでしまいます。セックスやドラッグと同じ快感が僕の体を走り抜けます。セックス、ドラッグ、酒の方があきちゃいます。これはいつまで経ってもあきません。ストゥジーズはいまだに僕を興奮させてくれます。なんでこんな気持ちになるかというと、彼らの音とグルーヴはお祭りの祭ばやしと同じようなプリミティヴなものに溢れているからです。

この時代のアメリカの若者と言えば消費文明の権化のような人たちだったと思うのですが、なんでこんな音楽が作れたのか、それは多分彼らがアメリカの典型的な若者たちからバカにされていた負け犬たちだったからです。

イギーのお父さんは学校の先生でしたが貧しくって、彼らが住んでいた家はキャンプ・カーでした。その家にイギーの友達が遊びに来た時、友達はキャンピング・カーを揺らしながら「おい見ろよ、この家、手で動くぜ」とバカにしたのです。イギーはその時こんな奴らとは絶対に遊ばないと誓ったそうです。

そんなイギーが選んだメンバーが彼らのエリアで一番甘やかされて育ったアッシュトン兄弟です。しかもギターのロン・アシュトンはナチが大好きな変わりもの。ナチが好きと言っても、レイシストとかじゃなく、本当にナチが好き、ナチの制服とか、この辺の感覚は子供の頃模型を作った人じゃないと分からないと思います。ドイツの戦車とかユニフォームはアメリカ軍やイギリス軍よりカッコいいんです。そんな子供も大人になったらナチはあかんということになって、模型を作らなくなるんですが(僕ですね)、大人になってもナチが好きな変わり者だったのです(死んでしまいましたけどね)。

宮崎駿なんかと一緒です。むちゃくちゃ平和を愛するけど、戦闘機が大好き、人を殺してしまう戦闘機がかっこいいと思ってしまう罪悪感に苛まれながら生きていくんですけど、甘やかせて育ったロンは最後の最後までナチが好きだったのです。そんなバカだからこんなグルーヴの曲を作れたのでしょう。ドンドコ・ビートのグルーヴを作っていたのは弟のスコットですが、スコットも大バカで、バンドの機材を詰んだ車を運転してて、低い橋の下を通る時、どう考えても通れないのにそのまま突っ込んで車の上半分をぶっ飛ぶという大事故を起こしています。自分も大怪我をして、それがザ・ストゥージズ解散の一番の原因でした。ベースのデイヴ・アレキサンダーは酒に溺れて演奏出来なくなって首になってます。そんな人たちの集まりなんですけど一曲目「1969」はこんなこと歌っているんです。

 

今は1969年
アメリカ中が1969年
また歳が経った
君と僕の
また年が過ぎた
何もすることねぇ

去年は21歳だったけど
何も楽しいことはなかった
今年22になる
なんてことだ、泣きたくなるぜ

何もやることがない
1969だぜ

 

カッコよすぎでしょ。この頃はまだみんなお花を頭にさして、サンフランシスコに行けば何かあると思ってたのに、何もすることねぇと歌っているのです。

こんな負け犬たちなんですけど、みんながハッピーだぜと言っている裏でフェスティバルで殺人事件が起こる邪悪な空気が渦巻いていたことを予見しているかのような歌でもあるのです。

 

2曲目「アイ・ウォナ・ビー・ユア・ドッグ」

ヴェルヴェット・アンダーグランドを聴いて、こんな歌が下手な奴でも歌手になれるのかと閃いたイギーらしいルー・リード直系の服従の歌です。これまでのロックてマッチョでしょうもないのに、イギーはお前の奴隷になりたいと歌うわけです。

 

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tags: Iggy Pop The Stooges

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