久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ピンク・フロイド『炎〜あなたがここにいてほしい』 結局おれたち金魚鉢の中の彷徨える魂だよねという絶望がこのアルバムのテーマなんでしょう。悲しいけど、それが現実だし

ピンク・フロイド『炎〜あなたがここにいてほしい』の全曲解説です。

久しぶりにアルバムを聴いて、ニュー・オーダー『ロウ・ライフ』のB面一曲目のパンク、ニュー・ウェイブ・バンドにはありえないヒッピーチックなインスト・ナンバー「Elegina」は、『炎』の一曲目「クレイジー・ダイヤモンド」の「一体いつ曲始まるねん」という長いイントロのオマージュだったんだということに気づきました。

 

 

両者ともフロントマンを亡くして、これからどうしたらいいんだと途方にくれたバンドです。

ピンク・フロイドのフロントマン、シド・バレットは生きておられました。ただ精神を病んでしまっただけです。しかもこのアルバムを制作している時、彼はスタジオにひょっこりと現れたのです。世界一ハンサムでキュートだったシンガーはブクブクに太って、髪の毛は、あのデヴィッド・ボウイ、マーク・ボランが憧れてマネをしたカーリー・アフロ・ヘアーではなく、禿げ上がっていて、誰もシドだと気づかなかったそうです。

それまでシドは、ピンク・フロイドのスタジオには現れなかったのですが、このアルバムが自分のことを歌っていると思ったからか(なぜ分かった)?それとも前作『狂気』がバカ売れしたからか、スタジオに突然現れたのです。噂によると彼が住んでいたケンブリッジからロンドンまで歩いてきたと言われていたのですが、そこまで病んでいなかっただろうと今は思われています。

 

 

このアルバムはカルト・バンド、アンダーグラウンドの帝王として君臨していたピンク・フロイドが『狂気』が売れたことによって、コントロール不能になったと感じたメンバーたちが、自分たちはどうしたらいいんだろうと悩んでいることを告白しているアルバムです。

ニュー・オーダーも同じ状態でした。「ブルー・マンデー」が突然売れ、売れることを拒否していた生粋のバンド、ニュー・オーダーはまさにこのピンク・フロイドと同じ状況でした。

 

 

ニュー・オーダー、そして、その前身ジョイ・ディヴィジョンが、どれだけ孤高のバンドだったかといいますと、バンドTシャツなんか作る奴はセル・アウトした奴だと、街に自分たちの海賊版のTシャツが溢れかえっているのに、けっしてオフィシャルTシャツを作られなかったのです。そんなバンドのアルバムをデザインしたTシャツが、街にあふれているのはおもしろいなと思います。

海賊版のTシャツを取り締まることなんか不可能だからと、レコード会社に内緒で海賊版業者と手を組んで自分らのブートTシャツを作って売っていたのはハッピー・マンデーズです。自分らでもっと利益を得たかったんです。

 

 

彼らは、海賊版業者はストリートで手売りをしていて、ちゃんと顧客を持っているわけだから、こいつらに仕切らせたら、コンサート・プロモーターよりチケットを売ることが出来るんじゃないかと、彼らの初のアリーナコンサートを海賊版業者に仕切らせました。他のプロモーターたちはハッピー・マンデーズに1万人も集まらないだろうと思ってたのですが、彼らと海賊版業者は2日間もソールド・アウトにさせてしまうのです。

世の中って変わっていくんだなと思いました。このブート業者、ライブの日だったか、いつだったか忘れたんですけど、ギャングに誘拐されて、監禁されたりしてました。彼が帰ってきたのを見て、「あっ、殺されないだ」と思いました。

ストーン・ローゼズの元マネージャーは不審な死に方してます。このマネジャーも変わっていて、あの伝説のスパイク・アイランドの日、「これが一番儲かる」とダフ屋をやっていて、「自分のバンドのチケットを手売りしているマネジャーなんか世界中探してもお前しかいないぞ」と思いました。ソールド・アウトしているから正規の値段の何倍でも売れて、販売手数料もとられず、税金がかからないキャッシュ・フローが手元に残るんですけど。とにかくあの頃のマンチャスターはおかしかったです。

ピンク・フロイドもこれくらい気楽でやっていたら、『狂気』『炎〜あなたがここにいてほしい』のようなヘヴィーなアルバムは作らなかったんでしょうけど、でも心の内面まで考えるのが彼らです。

 

1.「クレイジー・ダイヤモンド(Pts1-5)」

とんでも長いイントロのことは先に書きましたが、その長いイントロの中をゆっくりと、縫うように歌が始まります。この曲は精神を病んだシドのことを歌っているように聴こえますが、ロジャー・ウォーターズはこう答えてます。

シドについてはとても悲しく思う。もちろん彼はバンドにとってとても重要な存在であり、全ての曲は彼の手によるものだったから、彼なしではバンドは歩みだすことはなかっただろう。彼がいなければバンドは生まれなかっただろうが、彼と共にバンドを続けることは不可能だった「クレイジー・ダイヤモンド」は彼についての曲ではない、彼はただ単に誰かがいなくなってしまったということを象徴していて、その状況を受け入れなければならないということの極端な例に過ぎない。その対処方法は、現代社会ではがどんなに悲しくとも完全に心からかき消してしまうという事が唯一の対処方法だ。僕はそのことがとてつもなく悲しい事だなと気づいたんだ

そうなんです。この歌は、気が狂った奴に気が狂っている方がお前は輝いているからいいよなと歌っている歌ではないのです。ほとんどの人がそう思っているんでしょうけど、僕もそう思ってました。でもそんな歌じゃないんです、いなくなってしまった人を思う歌なんです。そう思うとこの歌はもっと輝いて聴こえます。

 

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