久保憲司のロック・エンサイクロペディア

R.E.M. 「レディオ・フリー・ヨーロッパ」 ロックを教えてくれたラジオが、政府の手先でもある。一体僕らは何を信用したらいいんだ、ということを悩んだ歌だと思うのです

 

ロシアの侵略戦争で、レディオ・フリー・ヨーロッパ提供による映像がよく流れていたので、今回はR.E.M.の「レディオ・フリー・ヨーロッパ」がどういうことを歌っているかということを書いてみます。彼ららしい、何を歌っているのかよく分からないけど、元気になる曲です。

1988年のN.M.E.(イギリスの音楽誌)の記事で、インタビュアーが「アルバム『マーマー』の歌詞は解読不明ですよね?」という質問に、「そんなことはない」と否定しながら、「唯一例外は「レディオ・フリー・ヨーロッパ」だ。あれは戯言だ」と答えていて、R.E.M.の中で唯一政治的な曲をそういう風にとらえてもらいたくないと防波堤をはっていました。当時のアメリカで政治的と思われるのは危険なことだし、しかも共産主義とも反共産主義ともレッテルを貼られるような曲を歌っているバンドと思われてたくなかったのでしょう、さすが、人として普通の思いを歌おうとしていた、マイケル・スタイプらしいなと思います。

 

 

親友であるザ・スミスのモリッシーとは全然違うなと。モリッシーも自伝の中で彼と僕は全然違うとエピソードを書いていました。R.E.M.がイギリスのロイヤル・アルバート・ホールのライブの日、マイケル・スタイプが突然モリッシーの家に訪ねてきたそうです、そして、二人はモリッシーの家の近くのカフェで楽しく喋っていると、マイケルが「僕、そろそろライブに行かないと」と言うので、モリッシーは「えっ、今日、ライブだったの、ぼくもついていくよ」と二人で会場まで行き、マイケルはほんとうにいままでカフェでしゃべっていたまま、ステージに向かい歌った、僕は絶対そんなこと出来ない、僕だったら、服を着替えて、歯を磨いて、じゃないとステージに立てないと書いていました。マイケルらしいなと思ったのです。

 

 

この頃のR.E.M. というのはスミスと同じ時期に登場して、リッケンバッカーというビートルズが使っていたギターでアルペジオを弾くようなバンドだったので、60年代サイケ・リヴァイヴァルのようなバンドかなと思われがちだったのですが、「レディオ・フリー・ヨーロッパ」のような初期の曲を聴くと、ジョイ・ディヴィジョンに似ているなと思います。アメリカの田舎の子がイギリスの最先端の音をやろうとしていたのだなという気がします。ジョイ・ディヴィジョン自体はアメリカのストゥジーズやペル・ウブなどやろうとしていたのだから、面白いなと思います。二つの国の若者は変な風にフィード・バックしあっていて、自分たち独自の音楽を作っていました。日本のアーティストもこの変なフィード・バックの輪に入っていけたらいいのになといつも思っています。そして、R.E.M.のような世界中のフェスのヘッドライナーを努めるバンドになったらいいなと思います。「レディオ・フリー・ヨーロッパ」がリリースされた頃はまさか彼らがそんなバンドになると思いもしませんでした。

「レディオ・フリー・ヨーロッパ」はたぶん“レディオは僕のトランスミッション、静寂を聴くのだ”と歌われたジョイ・デヴィジョンの「トランスミッション」のような曲を作ろうと作られたのでしょう。イギリス人が作るのは暗く、アメリカ人の方が明るいですね。

 

 

ジョイ・デヴィジョンの方は完全に気が狂っているようですけどね。バンド名がナチの将校用のユダヤ人女性による慰安所の名前で、ナチがプロパガンダにするために大量に作り安く販売したラジオについての歌を歌い、メンバーのルックスはヒトラーユーゲントのようなルックスで、ヴォーカルの奴は気が狂ったように「ラジオに合わせて踊れ」と歌い踊り狂う。スキン・ヘッズが勘違いしてコンサートに来て、バンドに向かってヒットラーの敬礼をして、パンクと大喧嘩になる。そんな時代があったのです。

「レディオ・フリー・ヨーロッパ」を始めて聴いた時は、ヨーロッパには自由なラジオがあって、アメリカみたいに企業の操り人形となっていないラジオがあるということを感動して歌っているのかと思っていました。

イギリスやヨーロッパに海賊放送という自由なラジオ曲があります。イギリスの海賊放送は有名です。イタリアだと現代のグローバル社会が新しい〈帝国〉となるだろと予見したネグリなども関わっていたレディ・アリーチェなどがありました。フランスにもレディオ・ノヴァっていういいラジオ局があった。この頃のヨーロッパを旅していると、面白い海賊放送をいたる所で聴くことが出来ました。余談ですけど、フランスにはバズーカというすごい雑誌がありました。日本だとヘブンというのがありましたね。こういうのって、今から考えると初期のインターネット・ラジオみたいなものですかね。今やそれらは大企業に毎月1000円払うストリーミングというものになりました。

 

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