久保憲司のロック・エンサイクロペディア

『Bringing It All Back Home』 世界は変わらないけど、あんたは変わらないといけないよ、というのがこのアルバムの一番のメッセージなんですから [全曲解説(3)]

 

前回よりつづく

 

『Bringing It All Back Home』の全曲解説、完結編です。「ラブ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット」「ミスター・タンブリマン」がディランのLSD体験を歌った歌と解説したのですが、これであのジャケットの意味が分かったと思うのですが、どうでしょう。

あの写真は当時みんながよくやっていたアシッド・パーティーのワン・シーンの再現なのです。まさに「ヘイ、ミスター・タンブリマン、気分が落ちてきたから、あがるレコードかけてよ」って感じなのです。

こんなシーンを動いた映像で見たいという方はダスティ・ホフマン、ジョン・ヴォイト(アンジェリナー・ジョリーのお父さん)主演の「真夜中のカウボーイ」を見るといいです。アンディ・ウォーホールのファクトリー・メンバーが総出演で、当時のアシッド・パーティーを再現しています。ファクトリー・メンバーなんでスピードかもしれませんが。アシッドをやっているシーンが出てくる映画だと『イージー・ライダー』が有名ですけど(こちらは出演者がLSDをやって撮影していますが)、「真夜中のカウボーイ」の方がアシッド感をうまく再現しています。

 

 

そうなのです、元々LSDは金持ちの大人たちが遊ぶものだったのです。今だとヒルズ族がやる感じですか。なんか嫌ですね。ホリエモンなんかがYouTubeで「すごいよ、世界観変わるよ、いってらっしゃい」なんて言うのでしょう。なんとこのアルバムがリリースされた1965年はLSDは違法じゃなかったのです。LSDがアメリカで違法になるのは1966年10月6日です。日本はもっとおそく1970年です。

LSDの伝道師として有名なティモシー・リアリーがワーって騒いじゃったから、マスコミがモラル・パニックを起こして、違法になってしまいました。そんな事件から50年以上たって徐々にLSDをちゃんと薬として認可し、合法化しようという動きになってきています。マリファナがどんどん合法化されていっているように、次はLSDと近いMDMAがアメリカで合法化されます。現在FDA(アメリカ食品医薬品局)はアメリカの10の都市でMDMAを心的外傷後ストレス障害の治療に使うことを承認しています。多分2023年にはMDMAを心的外傷後ストレス障害などの治療薬として承認されると思われています。LSDもたぶんこれに続くとされています。

ビートルズが初めてLSDをやったのも金持ちの歯医者の家でした。『Bringing It All Back Home』のジャケットや「真夜中のカウボーイ」のような高級アパートでそういうブルジョアが、ディナー・パーティーの後に、「面白いものがあるけど、やってみる」って感じでやるものだったのです。ファクトリーのメンバーなんかはそんな金持ちの場を盛り上げる係としていたわけです。ビートルズもそうされかけたわけです。歯医者はビートルズのメンバーと乱行パーティーをしたかったみたいです。やってたら、ガーシー案件ですね。

ボブ・ディランもビートルズも怒っていたと思うのです。「お前ら何してるねん、俺らがこれを使ってもっていいことしてやるよ」という感じだったのだと思います。『Bringing It All Back Home』には、ビートルズに盗られたアメリカン・ミュージックを取り戻すという意味以上に、フォーク界を牛耳るエスタブリッシュメントやインテリや、こうやってLSDで遊ぶブルジョアたちにカウンターを食らわす、取り戻すという意味が込められいたのです。そうです、ビートルズでいうと「ディ・トリッパー」です。お「前らただのサンデー・ドライバーだろ、俺たちや、ハンブルグのクラブでオールナイトで毎日演奏させられた時から、こんなドラッグやってねん、俺たちゃ本気なんだよ」と歌っています。

後半3曲はまさにこういうディランの怒りを表した曲を今までのディランのスタイルで表した曲のような気がします。

 

9曲目「エデンの門」

イギリスの18世紀の詩人ウィリアム・ブレイクの『The gate of Paradise』、『The Key of the Gates』を彷彿される歌詞です。ウィリアム・ブレイクと言えば一番最初にドラッグ体験を文学にしたオルダス・ハクスリーが『知覚の扉』で自身のドラッグ体験をブレイクの詩に追求しながら語っています。

 

 

『知覚の扉』というタイトルは、ブレイクの“知覚の扉が清められたなら、物事はありのままに、無限に見える”という『天国と地獄の結婚』の詩から取られています。そして、この本のタイトルからバンド名を思いついたのがドアーズです。

 

 

ブレイクがどういう人だったかというと、資本家に牛耳られた世界を批判的に見ていた人です。ブレイクの詩「エルサレム」にサー・チャールズ・ヒューバート・パリーが曲をつけたのがもう一つのイギリス国家とされる「エルサレム」です。労働党大会では『赤旗の歌』と共に必ず合唱される歌です。エマーソン・レイク・アンド・パーマーが『恐怖の頭脳改革』でカヴァーしています。あとマーク・スチュアート&マフィアもカヴァーしています。近年だとロンドン・オリンピックの開会式の緑の大地と工場の煙突を対比させたセットはこの詩を再現したものです。

 

 

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