津田大介のメディアの現場

vol.0_1 『今週のニュースピックアップ』(サンプル)

津田大介の「メディアの現場」2011.8.31(vol.0/創刊準備号)

津田大介が今気になっているニュースを毎週1つピックアップし、解説します。
〔毎号配信〕

違法ダウンロードの刑事罰化で何が変わる?

――違法ダウンロードの刑事罰化ってなんですか?

現在、国会で違法な著作物のダウンロードに刑事罰を科すことが議員立法で決められそうになっています。

そもそも「ダウンロード違法化」とは、ネットに上がっている違法な音楽や動画のファイルをダウンロードした場合、その行為が違法になるというもの [*1]
2010年1月の著作権法改正で施行されました。

ただし、無辜のユーザーに被害を与えないため、法律的にはかなり制限がかけられているんです。違法になるのはユーザーがアップされている著作物を「違法である」と知ってダウンロードした場合のみで、その対象も音楽と動画に限られています。つまり、合法なのか違法なのかよく知らずにダウンロードした場合はセーフという、ある意味ゆるい縛りなんですね。加えてこれには刑事罰が付いていなかった。いわば未成年者の飲酒喫煙みたいなもので、実質的には規範的なものでしかなかったと言えます。

――ダウンロードが違法化されてまだ1年半しか経っていませんが、なぜこうした動きが見られるようになったのでしょう。

ダウンロード違法化は実現したものの、その実効性が薄いことに音楽業界や映画業界のような権利者団体は不満を持っていて、刑事罰を付けることを要望していました。今回なぜ状況が動いたのかというと、権利者団体が政界にも大きな影響力がある大物芸能人に対して「ネットではこんなに違法なダウンロードが横行していて、われわれの業界は大変なんです」と訴えた結果、「それはひどい。協力するよ」という話になったんですよ。役所での議論を待っていたら数年かかってしまうかもしれないので、手っ取り早く改正できる議員立法でやってしまおうということで、その芸能人と一緒に議員会館を回って、民主党と自民党両方にロビー活動しているわけですね。

――もし、これが通ってしまったらどうなるんでしょう?

違法ダウンロードに刑事罰がついたところでどれだけ逮捕者が出せるのかという問題はあります。「情を知って(違法であることを知って)」ということを立証するのはなかなか難しいし、ハードディスクの中身に違法ファイルがあったとしても、それがネットから違法にダウンロードしたものなのかもわからない。とはいえ、法律が改正されたら逮捕者は出てくるでしょうね。京都府警はもう既に考えてるんじゃないかな。

――それはなぜですか。

警察では新規事例での逮捕が手柄の一つになるからですね。この種のサイバー犯罪系ではとにかく京都府警が強くて、何かと新しい著作権侵害でユーザーを逮捕しています。どういう形になるのかわからないですが、議員立法が通ったらそこから1~2年以内に見せしめ的な逮捕者を出すんじゃないかと思います。

音楽業界、映画業界としても法律を変えても違法なファイルがネットからなくならないし、ユーザーがカジュアルに違法コピーしているという現状がある。そこに対して「やっぱり違法なダウンロードはダメなんだよ」というのを逮捕者を出すことによって示せる。

――刑事罰化に効果はありますかね。

結局、海賊版対策としては、悪質なデッドコピーや違法なユーザーの厳しい取り締まりと同時に、安価で豊富なカタログを利便性が高い形で提供していく必要があるんです。「合法なものはこっちにありますよ、だから違法なものは取り締まります」というのがないと、みんなほしいものが手に入らないからイリーガルなものに手を伸ばすという、良くないスパイラルに陥ってしまう。徹底したデッドコピー対策と消費者の方を向いたコンテンツ提供を両輪でやらないとダメなんですよね。

AppleがiTunes Music Storeを2003年に始めた時、「われわれは違法ダウンロードと闘っているんだ、違法ダウンローダーはリーガルに安く音楽ファイルを手に入れる手段がないからやっているわけで、それをリーガルに安く提供すれば減るでしょ」というロジックでレコード会社を説得したんですよ。

日本にもiTunes Storeはあるけれども、そういうニーズを充分に汲み取った配信になっているとは言いがたい。安価で豊富なカタログ提供を一緒にやったうえでこういう法律改正をするのならともかく、そういうことは十分にはやってない。陰でこそこそロビー活動して法律を変えるのではなく、慎重に議論する必要があると思います。

個人的に懸念しているのはこの刑事罰化をきっかけとする適用範囲の拡大です。今は「違法ダウンロード」の対象が音楽と動画に限定されているけれども、すべての著作物を対象にしましょう、刑事罰をつけましょうという方向に拡大していったら、極端な話、新聞社のサイトから文章をコピペしたブログを印刷するだけでもアウト、刑事罰で捕まりかねないという状況になる。

現在著作権法は侵害された側が被害を申し出た時に初めて成立する「親告罪」の形を取っていますが、これが被害を受けた側が申し出なくても罪が成立する「非親告罪」になった場合、著作権法を「運用」することで警察は相当広範囲な逮捕ができるようになるわけですね。

実際に著作権法の「非親告罪化」は著作権法を所管する文化庁の政策審議会でも音楽業界や映画業界が要望を出しており、こうした主張が受け入れられれば、その方向性で著作権法が整備されていってしまうわけです。権利者団体側は数年がかりで計画的に要望を出していますから、すぐに変わらなくてもいいんですよね。そうしてじわじわ法律が改正されていくんです。

でも、適用範囲が拡大されていくと、どこかのタイミングでネットを使っている国民のほとんどが犯罪人になってしまうという状況がもたらされる。それに対して何らかのリミッターがあるべきだと僕は思うし、危険な法律改正の流れだと思いますね。

――国会の審議状況を教えてください。

ひとまず内閣総辞職になったので、今国会で採決されることはなくなりました。あるとすればこれから開かれる臨時国会か、来年の通常国会でしょうね。時間ができたのは朗報です。民主党であれば川内博史議員、自民党であれば山本一太議員や世耕弘成議員などが違法ダウンロードの刑事罰化に反対しています。まずはこの問題を両党の違いを引き出す案件にできるかどうかがポイントでしょうね。

[*1]「ダウンロード違法化」ほぼ決定 その背景と問題点

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