松沢呉一のビバノン・ライフ

セックスワーカーの人権侵害をする女たち-[娼婦の無許可撮影を考える 8]松沢呉一 -2,434文字-

 

東京都写真美術館の責任範囲- [娼婦の無許可撮影を考える 7 ]」の続きです。

 

 

 

常磐とよ子、若林のぶゆき、そして現在を結ぶ間違った善意

 

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大橋仁に対して、「だから男は」と思った人たちがいるんだと思うのですが、特別な個人の問題ではなく、性別に収斂させる問題でもなく、社会全体の問題であることはもうお分かりになったかと思います。

すでに常磐とよ子を出していますが、しばしば女たちも、娼婦の人権を無視します。

新宿の婦人相談員であった兼松左知子という人物がいます。この人の書いた『閉じられた履歴書』を読んでみてください。ひどい内容です。

23歳の秋子のケース。大学生の恋人がいるが、やくざ者のヒモがいて、その男の暴力に耐えかねて病院に駆け込んだ。彼女は錯乱状態にあり、婦人相談所に回されて筆者が担当することになった。

話を聞ける状態ではなかったが、バッグの中にトルコ風呂の名刺があったため、彼女の仕事がわかり、親に連絡をしてトルコ風呂で働いていることを伝えて引き取ってもらうことに。

家の片付けは筆者がやり、そこに大学生と一緒に写った写真アルバムがあったため、その大学生を探し出し、アルバムを渡し、トルコ風呂で働いていることを教えた。

以下は原文通り。

 

学生は、秋子が夜、どこかで働いていることは知っていたが、それ以外のことは何も知らなかった。住んでいる所も知らず、秋子から一方的に連絡していた。秋子は、酔ってころんだとかで顔をはらしていたことがあったが、いつも金はなかった。今度はぜひ二人で幸福駅へ行こうと切符を買い、約束をしていた。秋子がトルコ風呂で働いていて、ヒモから残酷な仕打ちを受けていたなんてとても考えられない、と彼は絶句した。

学生は、来春には郷里に帰って就職します。秋子とはほんの遊びだったから、もう忘れたい、とアルバムの受け取りを断った。

 

こういう話。

意味がまったくわかりません。ヒモがつきまとう可能性があるため、親に仕事のことを教えたのはやむを得なかったかもしれないですが、学生については教える意味など一切ない。なぜこんなことをしなければならないのでしょう。単なるおせっかい、単なる好奇心、単なる嫌がらせです。

しかも、彼は同郷ですから、地元で吹聴しない保証はない。

婦人相談所は売防法によって設置されていますが、いかに売防法が差別的な法律であろうとも、婦人相談所の役割は更生であって、制裁を加えることではありません。これがどうやったら更生につながる行為だと正当化できるのでしょう。完全に職務を逸脱し、常軌を逸した行動です。

セックスワーカーが無断で撮影され、公開されることは、とくに具体的な損害が生じなくても不当ですけど、具体的な損害としては、家族や恋人、友人、学校、職場等にバレることです。写真を撮らずして、それをこの婦人相談員はやっています。最悪でしょ。

婦人相談所に一人のおかしな人物がいただけでは済まず、この本は朝日新聞社が出し、その後、文庫にもなっています。Amazonのレビューを読んでください。これを礼賛する人々。これのどこが問題なのかも理解できない愚劣で鈍感な人々。大橋仁が「売春反対」を掲げて、「売春の悲惨さを訴えたかった」とさえ言えば、この人たちはきっと礼賛するのでしょう。

 

 

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