松沢呉一のビバノン・ライフ

赤線を正確に記述した公的文書 – [ビバノン循環湯 12](松沢呉一) -5,698文字-

売買春についての議論は正直面倒です。とっくに議論され尽くしたことを持ちだしてくる人がいるし、前提になるべき知識のない人たちに、一方的にこっちが教えることにもなって、「授業料寄越せ」って気分になります。つまりは真剣に考えたことのない人たちを相手にすることになって疲れるのです。

たとえば「赤線」。これが何かを正確に理解している人はほとんどいません。正しい認識を得ようとする姿勢さえないわけです。大多数の人が「売春を黙認した場所」と思っていて、そう書いてあるものばかりです。たとえばウィキペディアには「公認で売春が行われていた地域の俗称」とありますし、学者が書いたものでさえも正確に記述したものは見当たらない。

私もかつては「売春が黙認された場所」と思っていましたが、「待てよ」と思い始めます。この当時、売春自体は合法ですから、あえて黙認する必要も公認する必要もありません。街娼が狩り込みをされていたのは、性病予防法と条例によるものであり、売春そのものが禁じられていたわけではない。だから、売防法が必要とされました。実のところ、赤線の特飲店が摘発された例もあり、いよいよワケがわからない。

では、赤線では、何をどう黙認していたのか。調べていくうちに推測できるようになり、正確に記載された資料もいくつか見出しますが、公的資料がない。売春が行われていることを記述しているものは多数あるのですけど、「違法だが、警察が黙認している」と公的に求めるわけにはいかなかったのでしょう。今だって、公的な文書で「警察はソープランドの売春を黙認している」と言わないのと同じ。

しかし、遂に発見しました。国税局の内部資料です。違法か否かはどうでもよく、その業態を正確に知った上で税金を取り立てるのが職務ですから。

これを見ても、今の時代に正確に理解するのは難しい。時間が経つとともに、この時代の法規制がわからなくなり、簡略化されて、おかしな定義がまかり通ったのだと思います。もちろん、ここでは私が詳細に解説をしてありますから、だいたい理解できるはず。

正しい位置づけを知ると、なぜ売防法制定をしなければならないと考えた人たちがいたのかもわかりやすくなります。

それにしても、売春が合法なのに、「売春を黙認していた場所」としていることには疑問を抱いていいはずで、「流通している情報がいかにいい加減か」「いかにこの問題を考えてこなかったのか」って話です。

これもメルマガの「松沢式売春史」で出したものです。メルマガ読者が他の文章で理解できていると思われる部分は省略してましたので、「ビバノンライフ」用にあちこち加筆しました。

 

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 『実額調査の手引き 第三分冊(その他の部) 三、特殊喫茶』

発行所:関東信越国税局直税部

発行日:昭和27年(月日不明)

B5 6ページ

大変珍しい資料。税金をどう取り立てるのかについて解説した税務署員のためのハンドブック。マル秘とある。業種別に第一分冊から第三分冊までの三部に大別され、全部で78種類の業種に分けられている。第三分冊は「その他の部」で、その三冊目がこれ。目録で入手。 千円だったので役に立たなくてもいいやと思ったのだが、大変いい買い物であった。

 

 

 

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