縛るか縛らないか-コンドームの後始末 1-[ビバノン循環湯 38] (松沢呉一) -6,127文字-
先日公開した「われ弱ければ人のせい-矢島楫子と矯風会」は手直しするだけでも数日かかっているのですが、PVはムチャ少なくて、購読者でも読まなかった人が多いようです。ブログのダイジェスト版を読んでいたため、改めて読む気にならなかった人も中にはいるでしょうけど、歴史ものはだいたい受けが悪い上に、長すぎたみたい。「暇な時に読もう」と思ってそのままになってしまうのはよくわかります。今回も同じくらい長い。3万字以上あります。一度に出すつもりだったのですが、無理やり4回に分けました。それでも長いですけど。
これもメルマガで連載していたものです。10年近く前になるかな。「なぜコンドームを縛って捨てる人たちと、そうではない人たちがいるのか」と疑問を抱いて、調べる過程をそのまま書いていたため、原文はもっと長い。思わぬところに展開していくのですが、結論は知ってしまうと、あっけない。しかし、そこに行き着くにはけっこうな飛躍があり、頭の中だけで考えていたら答えに行きつけなかったでしょう。自分の感覚を疑い、まずは調べることが大事ってことです。と思って調べ始めて、結局答えに行きつけなかったテーマもあるんですけどね。
コンドームを縛る人と縛らない人がいる
『風俗ゼミナール』シリーズのどこかに書いたと思うが、私は使ったコンドームを必ず縛って捨てる。オシッコをしたあとに手を洗わないことや、ウンコをしたあとに拭ききらないことはあるが、使ったコンドームを縛らないことはない。
ところが、ある時、その様子を見た20代女子が「何やってんの?」と訝しげな表情で聞いてきた。
「何って、見ればわかるだろ。コンドームを捨てるんだよ」
「こんな人、初めて見た」
「えっ?」
「セックスを始めたのは先週から」というならわかるのだが、経験豊富な20代後半である。
ここから私はいろんな人に「コンドームをどうやって捨てるのか」を聞き始めた。
ドラァグクィーンのマーガレットらとこの話になった時は、マーガレットを含めて、皆さん、「縛って捨てる派」であった。全員、「ゴミ箱の中で中身が垂れてくるのがイヤ」という感覚があるためにそうしている。
ところが、これをやらない人たちも多いのである。娘っ子に処理させる時に観察すると、誰一人縛らない。ここは男女差があるとしてよさそうだ。なぜ男女差が出るのか。女たちは精液が垂れることを気にしないのか?
さらに調査を続けていった結果、これは男女差ではないこと、少なくとも男女差だけではないことがわかってくる。しかし、はっきりと縛る層と縛らない層との間に、ある傾向が存在しているのである。なんだ、これは。
※写真は新宿2丁目で配布されたしりあがり寿によるパッケージのコンドーム
自分の感覚を信用するな
こういう場合は自分の感覚を信じると必ず間違う。必要なのはデータであり、証言である。しかし、この場合、証言もそのままではあまり役に立たない。
縛らない派に聞くと、「できるだけ使ったコンドームは触りたくないので、さっさと捨てたい」と言う。縛る派は「こぼれると汚い」と思ってそうしているのに対して、縛らない派は「使ったコンドームは汚い」と思っている。
つまり、互いに「汚い」という思いがあるために、それぞれの行動をとっているのだが、「汚い」と感じるところが違う。本人の思っていることをいくら聞きまわっても答えはわかりそうにない。ここで必要な証言は「縛る」か「縛らないか」だけであり、本人の意見は不要である。不要なのだが、面白くはある。
どちらの方法を実践しているにしても、それを指摘されるまでは、他人がどうしているのか気づきにくい。テレビでそんなシーンは出てこないし、AVでもコンドームの始末については描写されない。親も教師も教えてくれない(のちに出てくるように稀に教師に教えられることもある)。
それなりの体験を重ねていても、また、相手が処理するところを見ているにしても、いちいち気にしない人も多いだろう。私も気にしていなかった。
同じように、家の中での食事、風呂といった行動についても観察することができにくい。他人の家で食事をすることがあっても、家族だけでの食事がその時に再現されているのかどうかはわからない。外食するところ、銭湯や温泉に入るところを見ることはできるが、これも家の中の行動と同じかどうかはわからない。一緒に風呂に入らない限り、家族でさえも、家の風呂でどういう行動をとっているのかはわからず、一緒に風呂に入ったところで、それが一人で入る時とが同じかどうかもわからず、改めて聞くこともないわけだ。
であるが故に、自分の行動は世界の標準であり、他人も同じことをしていると思いやすく、あえて他人と比較することがない限り、それを変える機会も少ない。私自身、「いつも自分の感覚を信じてはいけない」と言い聞かせながらも、「コンドームについては誰だってそうだろう」と思い込んでいたことがあっさりと覆されてしまって、動揺に次ぐ動揺である。
ラブホでバイトをする大学生の証言
たまたま知り合った慶応大学の学生がいる。見るからに真面目そうな学生である。学部は聞いてないが、商学部とか経済学部とか、そんな雰囲気。
意外にも彼は目黒のラブホテルで働いたことがあると言う。私は目黒のラブホを1回しか利用したことがないが、目黒川周辺にいくつかあって、彼が働いたのはよく名を知られるチェーン店である。
「夜の12時から朝の8時までの深夜のバイトをしてました」
8時間単位の3交代制だ。
私は「コンドーム問題」を思い出して、こう聞いてみた。
「コンドームは縛って捨ててあるのと、縛ってないのと、どっちが多かった?」
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