松沢呉一のビバノン・ライフ

目的論と効果論-朝日新聞を添削する 7-(松沢呉一) -2,901文字-

冗談とフィクション-朝日新聞を添削する 6」の続きです。

 

 

HIV感染の人種差

 

vivanon_sentence前回出した「これからアフリカに行きます。エイズにかからないといいな。というのは冗談よ。私は白人だもの!」という発言の前提を解説しておきます。

HIVの感染率、エイズの発症率、死亡率において、人種差があることの研究がなされています。この差がどこから生じているのかについては、調査対象にもよるのですけど、米国内において死亡率に人種差が生ずる、もっとも大きいのは貧富の差だと思われます。

 

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3と4のグラフ。歴然と差が生じています。なぜ米国において、さまで貧富の差が出るのかについては「怒りを力に UNITED IN ANGER」を観ていただけるとわかります。

つうことで、11月28日に、愛知県安城市にあるカゼノイチで上映会がありますので、近隣の方はどうぞ。

また、今なおアフリカ大陸では感染率、死亡率とも高く、とりわけ南部に集中し、ここでは感染者の半数以上が女性です。この事情は大阪の上映会のトークで簡単ながら説明されています。興味のある方はアーカイブを聴いてください。

 

 

怒りを力に」を理解するためのHIV・エイズの基礎知識が大変よくまとまっていて、映画を観る機会がない方も聴いておくとよいかと思います。

12月1日は世界エイズデーで、各地でさまざまな催しが予定されています。検査に行くなり、エイズの現在について調べてみるなり、語り合うなりするとよろしいかと思います。なにしろ今なお年間100万人以上が亡くなっている病気ですから。

 

 

冗談が成立する条件

 

vivanon_sentence集団や地域によって感染率、死亡率が変化するのは、性行動、薬物、保険制度、教育、医療、風習、信仰、偏見などさまざまな要因があるわけですが、こういう数字を見た人の中には「黒人が感染しやすいんだな。だったら白人は大丈夫」という思い込む人がいるかもしれないわけです。もしくは「ゲイが感染しやすいんだな.ヘテロは大丈夫」と思い込む人がいるかもしれない。つうか、そういう人たちが現にいます。

そんな人たちを笑う冗談であり、「そんなことはない」という合意ができている集団では冗談として成立し得ます。その合意がない範囲に出てしまった場合はそれをどうとらえるのか。これはゾーニングにも関わる話です。

エイズ治療薬を発見した男 満屋裕明 (文春文庫)

この時に、この人がふだんどういう考え方をしていて、どういう発言をしているのかまでを見ることで、この発言に「誤認があったのか否か」「差別扇動の意図があったのか否か」を確定できるという考え方があります。

一方に、この言葉が「どう機能し得るのか」「第三者がどう受け取ったのか」によって判定できるのだから、そんなことをする意味がないと考える人たちがいます。その軽率さをもって、差別発言だとしてもかまわないと考える。

これはモスバーガーのボードに書かれた言葉をめぐる評価にも見られた違いです。私はあれは店内で成立していた冗談を外に向けて出した軽率さが問題であり、それをもって処分されてもやむを得ないとしても、差別表現ではないと考えています。対して、外に向けた段階で、差別表現として機能するのだから、内部で冗談が成立していたのかどうかを考慮する必要はないと考える人たちもいます。

差別用語の評価で典型的にこの考え方の違いが見られます。たとえば「バカチョンカメラ」の「チョン」を本来の意味のまま「とるにたらない者」という意味で使用している限り、あるいはその意味をとくに考えることなく使用している限り、差別表現ではないと考える立場と、発言者がどういう意図であれ、受け取った側がどう感じるかで判定されると考える立場の違い。

※上のアーカイブの中でも出てきますが、満屋裕明はエイズの治療薬AZTを開発した人物。

 

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