松沢呉一のビバノン・ライフ

「買春に対する男性意識調査」批判-[ビバノン循環湯 119] (松沢呉一) -6,840文字-

ヒューマンライツ・ナウの「報告書」検証!を書いていて、「そういえば、以前もひどい調査報告書があったな」と思い出しました。

ヒューマンライツ・ナウの「調査報告書」のひどさとはひどさの質が違いますけど、「事実を知るための調査」ではなく、予め頭の中にある結論を引き出す目的のためだけにやったものという点は共通していようかと思います。そういう目的があってもいいのですけど、願望と事実の区別がつかないような調査は意味がありません。

ヒューマンライツ・ナウの「調査報告書」は調査報告書と呼べるようなレベルのものではなく、「なんだ、これ」と絶句するしかないのに対して、今回、取り上げている調査報告書は体裁が整っている分、具体的にひどさの指摘が可能です。すごいですよ、これ。キャバクラに行くことも買春だと思っている人たちがやった調査です。そういう定義を持ち込むなら、その定義を明記しなければならないわけですが、それもない。なんの意味もないデタラメに税金(間接的ですけど)を使ったわけです。

1999年に雑誌「創」に書いた原稿の原文です。

 

 

 

呆れ果てるしかない調査報告書

 

vivanon_sentence大阪のシンポ()で基調報告をした松井やより氏らが中心になって行なった「買春に対する男性意識調査」なるもののの報告書をシンポの前に読んでおいたのだが、これが唖然とする内容であった。

この調査は東京都の税金が投入された東京女性財団の助成金を使い、「男性と買春を考える会」によって1997年に行われ、翌年報告集がまとめられている。

買春する側の意識調査をやること自体に異議はない。あらゆるデータがあるに越したことはないからだ。

しかし、売買春を論じようとするのなら、どの業種の風俗店がそれぞれどのくらいあって、どのくらいの人が働いていて、店に属さずに売春しているのがどのくらいいて、それぞれどのような料金でどのようなサービスがなされていて、どのような労働環境にあるのかなど、まず求められるのは、これらの基本データではなかろうか。その意味で、私個人が見た範囲の現況を『風俗バンザイ』で綴ったつもりだが、あれを統計的に示すものがないのだ。

買春に対する男性意識調査」の報告書にはこうある。

 

 

「売る側の調査」というのは日本でも欧米でもかなり実施されてきています。大学の研究でもありますし、別冊宝島などをはじめ書籍でも出版されています。さらに、売買春といえば、マスメディアのなかでは、いつでも「売る女性」にターゲットが絞られます。][そのような中、「どういう男性が女子校生を買っているの?」「どうして売春するの?」という疑問が沸き、男性がどう考えているのか聞きたくなったのです。

 

 

飲み屋の会話ならいいとして、早いところ、誤解を生む「女子校生を買う」なんて言い方をやめていただきたいものである。

シンポ村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝ジウムの冒頭で、私は「女を買う」という表現の問題について触れたのだが、パネラーの松井やより氏、中里見博氏、林功氏には見事に無視された。人の話、聞く気がないんか(実際、あらゆる点において他者の意見を聞く気がない印象を受けた。この人たちは頭の中の思い込みを語るだけ)。中里見氏は、このシンポのあと、自分の考えをまとめたバカバカしい文書を送ってきたのだが、ここでも「女を買う」という表現が堂々使用されていた。

この言葉をそうも愛する人達の歪んだ感覚については、念入りな分析をしておく必要があろうが、かつて「醜業婦」という言葉を使用して、伊藤野枝らに痛烈に批判された廃娼運動一派に類するものであることだけをここでは指摘しておくとする(注2)。

 

注1:大阪の弁護士会が主催だったと思うが、売買春に関するシンポジウムがあり、私もパネラーとして呼ばれた。このシンポジウムについてはまた別に原稿を書いたはず(「人権と道徳の区別もできない弁護士」がそれ)。

注2:これを読んで思い出したが、伊藤野枝も廃娼運動を強く批判していた一人。「『女工哀史』を読む」シリーズに入れるのを忘れてた。先日、伊藤野枝についての本(上の書影)を知人から進呈していただいたので、読んだらまた感想を書くとする。ずいぶん前に全集を買ったのだが、全部は読んでいないので、こちらも改めて読んでみる価値があるかもしれない。でも、歴史について「ビバノン」で書いても読む人がいないので、もう歴史はいいか。

追記:「女を買う」「体を売る」といった言葉遣いについての問題点については「西村伊作の売春肯定論—「体を売る」「女を買う」の違和感 1」、「フェミニストたちはミソジニー表現だと指摘—「体を売る」「女を買う」の違和感 2」、「言葉から見える道徳—「体を売る」「女を売る」の違和感 3」「セックスワークに関する翻訳の問題」にまとめておいた。

 

 

何を目的にした調査か

 

vivanon_sentence戦後、街娼が社会問題となり、売春等取締条例が全国で制定され、売防法に向けての動きが具体化する中で、特に労働省婦人少年局を中心にさまざまな調査が行われており、労働省や厚生省が都道府県別に、細かい売春婦の数を出してもいる。

また、同時期、社会学者らが東京や京都などでそれぞれに街娼調査を実施し、吉原病院院長の吹雪周による売春婦調査もあって、これらはいずれも報告集がまとめられている(時折古本屋に出ているので、興味のある方は探してくださいな)。

この中には、客に関する調査もあって、これまで買春側の調査が皆無というわけではないのだが、いずれにしても、すべては半世紀も前のものでしかない。

風俗嬢意識調査―126人の職業意識では、今現在も働く側についての信用できるに足る調査があるかというと、私は寡聞にして知らない。あるのなら、金を出していいので、是非とも入手したい()。

別冊宝島」というのがどれを指すのか不明だが、まさか恣意的に選ばれた風俗嬢のインタビュー集の類いではあるまいな。これで働く側の意識がわかるというのなら、我々風俗ライターの文章や働く側が書く客の話でも買春側の意識は十分にわかるのだから、金と手間を使って、新たな調査をする必要はなかったはずだ。

例えば出版界における問題を知り、解決しようとするなら、出版社数、出版点数、経常利益、売上推移、返本率、書店数など産業の現況を知る必要がある。また、労働問題で言えば、働く側の現実を知ることが必須であり出版社の社員の収入、労働時間、休日、組合、保健など。フリーライターやカメラマンの労働条件も同様に調べる必要がある。本を買う側の調査は大学生協が毎年やっていて、こういった客側の動向、客側の意識調査にも意義があろうが、出版産業総体を語る上では、これよりも出版する側の調査が優先されてしかるべきではないのか。

では、性風俗店や労働者の意識を無視したまま、客の意識調査を優先する意味とは何か。冷静な議論をしようというのではなく、ある目的を担わされているであろうことが、この調査をまるで役に立たないクズとし、助成金をドブに捨てたことを指摘する必要がある。

注:その後、要友紀子ほかによる『風俗嬢意識調査』が出されている。上の書影参照。

 

 

大前提になる「買春」の定義が曖昧

 

vivanon_sentenceこの調査はアンケート記入方式で為され、アンケート配布数二万部、回収数二五〇二。統計としては十分な数だが、報告書で触れられているように、知り合い関係を頼ってアンケートを配布した方法に問題がある。

調査をした方々はここに偏りがあることを自覚はしているのだが、そうじゃない方法をとったところで、統計としては穴だらの代物だ。設問から選択肢から分析から解説まで、どれをとっても問題ありなのだが、ここではそのわかりやすい例を挙げておく。

アンケート用紙にはこう書かれている。

 

 

このアンケートで「買春」とは、お金を払ってするセックス(疑似セックス、マスターベーション援助等の各種性的サービスを含む)を意味します。

 

 

売防法での売春は性交であることが要件。要件を明確にするため、性器の挿入をその基準としたことは理解でき、一般的にもこの定義が広く認識されており、私自身、ヘルスやピンサロが売買春であり、ヘルス嬢やピンサロ嬢が売春婦だと言われてもシックリ来ない。

その法的な定義にもまたボーダーが存在して、売防法の対象か否かが裁判でも争われているわけだが、その境界については無視ができる程度かと思うので、法に従った定義を使用するののが順当だろう。

ところが、ここではどういう意図があってか(想像はできるが)、売買春の定義を非常に広く設定している。仮に、ここだけで通用する定義が許されるとしても、言葉が意味する範囲を明確にしておくことは必須。さもなければ回答することはできず、それでも回答したとすると、同じ行動をしている人が別の回答をしてしまいかねない。

このアンケートでは、冒頭の一文以上に、「買春」が指し示す範囲が明確にされてはおらず、出てくる数字の意味を確定できない。「疑似セックス」という言葉は「売春類似行為」の意味とも思われ、アナル・セックス、素股、あるいはフェラチオ、手コキまでが含まれるのか。

となると、「マスターベーション援助等」という言葉は、それとは別の行為を指すことになろう。ノゾキ部屋のことか。あるいは「ほら、自分でその汚ならしいチンポをこすって、さっさとチンポ汁を出しなさい。私にかけるんじゃないよ」と命じられるSMプレイのことか。ことによると、アイドル写真集も、それを買ってセンズリこくのがいることから「マスターベーション援助」か。

「相手と対面することのない行為が買春に入らないことは常識で考えてわかるだろう」と言われそうだが、そもそもこの調査は、常識とは違う売買春の定義を採用しているのだ。「マスターベション(ママ)についてあなたはどんなふうに考えていますか」との設問があって、買春調査でこの設問があるということは、「金を出して買ったエロ本を使ったセンズリもやっぱり買春か」と思うに十分だ。

※書影は昭和28年に労働省婦人少年局による『売春婦並びにその相手方についての調査』。たぶん「男性と買春を考える会」は誰一人この調査を見ておらず、おそらく知りもしないのだと思う。山川菊栄が局長時代の労働省婦人少年局の調査なんだから、国会図書館に行って一回読んどけ。

 

 

キャバクラで売春していると思っているらしい

 

vivanon_sentenceさらに、私の理解を越えているのは、最初の設問に「あなたはこれまでに以下のような場所・機会を利用して買春した経験がありますか」とあり、選択肢に各種性風俗店と並んで「キャバクラ」までが含まれていることだ。もともと曖昧極まりない自らの定義をここでさらに拡大し、一切の意味を放棄したと言っていい。

 

 

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