松沢呉一のビバノン・ライフ

山田太郎議員を支持する-ヘイトスピーチと法- (松沢呉一) -3,672文字-

 

目標を達成したあと

 

vivanon_sentence闇の女たち』の目標は「半年以内に増刷」だったのですが、早々に増刷されて目標を達成。図書館にもひと通り入ったでしょうし、あとはどうなれ、知ったことではなく、今、自分がやるべきことをやる日々に戻りつつあります。

「今、自分がやるべきこと」というのは、「東京ヘビマップ」の作成や東京都内の銭湯制覇です。しょーもないと思う方もいらっしゃいましょうけど、どっちも数年にわたって続けていて、ホントに面白いのですよ。

銭湯巡りは、それ自体が目的ではなくて、壮大な謎に取り組むために始めたことなのですが、当初の目的を忘れつつあって、ただ風呂に入ってます。

また、ヘビ探しと言っても、実際にヘビを見ることができるのは年に一回とか二回とか、そんなもんであって、あとはひたすら証言を集めており、実際に面白いのは、どっちも街歩きだったりします。

知らなかった東京を見て歩くのが楽しい。会ったことのない人たちと会うのが楽しい。子どもやお年寄りと交流するのが楽しい。その間に提灯を見たり、暖簾を見たりするのも楽しい。

ここ最近は、舎人ライナーに乗って足立区西北部に行くのが楽しみです。あの周辺はもともと人口が少なかったため、銭湯がなく、ヘビ探しと銭湯巡りをカップリングで回ることが難しいんですけどね。

この面白さはなかなか通じにくいので、まだしも通じやすい話でも書いておくとしますか。

※写真は舎人ライナーから。眺めがサイコーです。

 

 

ヘイトスピーチ対策の法制化について触れなくなったわけ

 

vivanon_sentenceヘイトスピーチについては、「ビバノンライフ」の初期に熱心に書いていました。しかし、最近はすっかり触れなくなりました。

私の考え方は十分書いてきて、それでも通じない人たちにこれ以上説明することの虚しさからです。同じことを何度も説明するのにもう飽きました。

街娼についてどこに書いても相手にされなかったものが、新潮文庫になった途端に面白がられるように、ヘイトスピーチについても箔のある場所に書けば理解する人が出てくるのでしょうけど、そんな場に書く機会もないので、諦めた次第。こっちもやっぱり通じにくいんですよ。

やがては、なんらかの法を制定するしかないという流れになってきて、処罰規定がない限りは、そう細かいところでとやかく言ってもしょうがなくて、ぶっちゃけ、「適当でいいべ」という思いもあって、水を差すようなことを言う気がなくなったということもあります。

参議院で、ヘイトスピーチ対策法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律案)に反対した議員もチラホラいて、批判されたりしていますけど、山田太郎議員の反対理由は至極まっとうです。「細かいことをとやかく言う」のではなくて、ヘイトスピーチを法で解消しようとする際の留意点を正確にとらえている意見です。

もし処罰規定が含まれる法律であったなら、私も同様の発言を続けたでしょうし、もし私が議員であったら、そうすることが無駄だとしても、反対に回って、同様の発言をしたかもしれない。言うことを言っておかないと、ここから表現の自由を安易に侵食する流れができてしまうかもしれませんので。

※写真は同じく舎人ライナーの車窓から

 

 

山田太郎議員を支持する

 

vivanon_sentenceヘイトスピーチ対策法に反対とまでは至らないにせよ、その山田太郎議員の姿勢に私は賛同します。他はともかく、ことこれについては。

山田太郎議員が反対に回った理由は以下。

 

本件の法律やヘイトスピーチについては、個人法益と社会法益の部分に分けて考える必要があります。個人法益であるヘイトクレイム(ママ)については、現行法でも侮辱剤や傷害罪、名誉毀損、器物損壊等にあたり、当然、許されるものでは無いと思っています。また、ヘイトクレイム以外のヘイトスピーチも全て許さ れる訳ではなく、一部は規制されるべきものもあると考えています。(例えば「○○人死ね」などと連呼する威圧的なデモ等)

ただし、社会法益は社会秩序の維持を目的としていてい、それを法律で規制することは、あくまでも最終手段であるべきです。表現の自由の観点からも、文化や風習、社会的制裁などでまずは対応するべきだと考えています。なぜならば、社会法益を法律で規制することは、他の人の権利を奪うことにもなりま すし、そもそもそれが、良いこと・悪いことなのか、全てを国家が決めるのかという議論が残ります。

BLOGOS「ヘイトスピーチ規正法案への反対理由について」より

 

 

詳しくは全文を読んでいただきたいのですが、具体的に問題だとしているのは大きく二点。ひとつは定義の曖昧さ、ひとつは適用される範囲の広さです。

私が大阪市のヘイトスピーチ条例に消極的支持に留まったのは、定義が厳密でありながらも、適用範囲が広すぎるためでした。山田太郎議員としても、一切の法による対策を否定する気はないながら、その同じふたつの観点から今回反対に回ったわけで、限りなく私の考えに近いと言えます。

 

 

表現の自由を危うくする風潮

 

vivanon_sentence私は言い続けることの虚しさから、「処罰なしの理念法だから、まあ、いいんでねえの」と反対することもなかったのですが、山田太郎議員があえて反対した事情は十分に理解できます。

以下は、4月30日、「朝日新聞デジタル」に掲載された在日コリアン弁護士協会代表である金竜介弁護士の意見です。

 

 

「法規制と表現の自由」を巡る議論は出尽くしている。公然わいせつ罪であれストーカー規制法であれ、表現に対する法律は常に乱用がありうる。それでも善良の風俗を維持するため、あるいは被害者を守るために一定の類型の表現を法によって禁止する社会を私たちは許容してきたはずだ。表現に関して「あらゆる規制をしてはならない」との立場でない限り、ヘイトスピーチ規制のみに乱用を強調するのは説得力がない。

朝日新聞デジタル「ヘイトスピーチ 実効的な法規制を求める」より

 

 

これに対して、知人の編集者がFacebookで批判をしていました。彼は在日コリアンであり、この法で守られるはずの立場にあるわけですが、それでもこの意見は看過しがたいと書いていました。

彼が書いていたことをまとめると、以下の二点。

 

第一に、ストーカー規制法は、個人的法益の法律であり、今回の法案は社会的法益の法律。質がまったく違うものであり、ここに出すのは不適切である。

第二に、社会的法益の法律である公然わいせつについても議論はあって、「社会が許容してきた」とは言えない。

 

正しい。

 

 

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