松沢呉一のビバノン・ライフ

唯いちどだぞ、いちどだぞ—カストリ雑誌「猟奇」より-[ビバノン循環湯 151] (松沢呉一) -2,612文字-

これも「スナイパー」の連載(あるいは「スナイパーEVE」かな。時期が違いますが、似たような連載をやっていたものですから)。雑誌の色を考えて、できるだけSMっぽい内容を入れるようにしていて、前半はそれを配慮した小説を取り上げていますが、本論は後半です。現実にもこういうことはあると聞きます。そのことを知れば、長堂英吉「ランタナの花咲く頃に」のあのラストシーンがなぜ成立するのか、どうにも救いようのない悪女でしかないトヨ子がなぜ女神に見えるのかが少しは理解できようかと思います。あちらは底抜けのハッピーエンド、そしてこちらは、その裏にへばりつく絶望的なバッドエンド。

該当号が見つからないので、別の号の書影を古本屋さんから借りました。

 

 

「猟奇」の猟奇小説(※)

 

vivanon_sentenceカストリ雑誌としてもっともよく知られる「猟奇」という雑誌があります。戦後初の猥褻物頒布罪で摘発された雑誌として歴史に名を残しています。

この雑誌は昭和二一年に茜書房から創刊されます。しかし、二号が摘発され、五号で休刊。そのあと、版元が大阪の文芸市場社に移ります。たしか雑誌ごと売り払ったのだと記憶します。ここで六号出て、再度東京のソフト社という出版社に移行して、昭和二六年まで出るのですが、最後は発行が個人名になります。

この頃の雑誌は通巻表示がいい加減だったり、最初から表示がなく、特にこの雑誌は、版元が転々とするためによくわからないのですけど、たぶん全部で二十七冊出ていると思います。

その二十六冊目は「猟奇実話特集号」。巻頭に出ているのは木友初三「紅薔薇の乙女」。「実話特集」ですけど、明らかに小説です。

小説家の「私」は、新宿のマーケットにあるおでん屋で鶴ノ木という男と知り合います。鶴ノ木は東大出身のエリートですが、太平洋戦争が始まってから、戦争に疑問を抱くようになって、商事会社に勤めながら、スパイとなります。どこの国のスパイかはわかりません。

戦争の初期には、まだダンスパーティくらいは行われていて、ここで美貌のダンサーと知り合いになります。互いに愛し合っているにもかかわらず、彼女は体の関係を許そうとはしません。

彼はそんな彼女の実態を探ろうと、部屋に隠しカメラを仕掛け、飼い犬と獣姦していることを知ってしまいます。さらには、醜い下男にムチで叩かせているところに出くわしてしまいます。彼女は自分の価値を高めるために男を拒絶し、欲望を抑圧したために「マゾヒイスト(原文ママ)」になってしまっていたのです。

嫉妬のあまり、鶴ノ木は下男を銃で撃ち、鶴ノ木は尾行していた官憲に逮捕されます。鶴ノ木の一族は力があって、鶴ノ木は死刑を免れるのですが、彼女は協力者と思われてか、処刑されます。

戦争が終わって刑務所から出てきた鶴ノ木は今も彼女が生きていると信じて浮浪者同然の生活をしているのでした。

結局主人公(鶴ノ木)は部外者として変態を遠くから眺めているだけだし、リアリティもないので、SM小説としてはイマイチです。

※「猟奇」という言葉は、「猟奇事件」のように、残虐性、異常性の強い犯罪を意味する場合が多いが、もとはと言えば、漢字の通り、奇抜なもの、奇異なものを渉猟すること。

 

 

悲しい悲しい馬鹿の話

 

vivanon_sentenceそれよりもこの号で私が打ち震えたのは佐伯孝一「唯ひとたびの」です。涙を流してさっぱりするのとは違うタイプの絶望的な悲しみが押し寄せます。

こちらはエッセイです。そうだと断定はできないながら、実話らしい。ただし、SMとは関係ありません。

 

 

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