松沢呉一のビバノン・ライフ

臀肉事件と東京女学館—女言葉の一世紀 64-(松沢呉一) -3,014文字-

学習院女学部と虎の門女学館はハイカラ女学生の拠点—女言葉の一世紀 63」の続きです。

 

 

 

「ハイカラの隊長」であった東京女学館

 

vivanon_sentence前回見たように、学習院女学校と虎門女学館はお転婆女学生の拠点校として語られることが多く、中でも女学館です。

太田英隆 (竜東) 編『男女学校評判記』(明治四二年)は、明治末期の各女学校を知るために大変便利な本で、私も重宝しています。沿革や生徒数、教育方針などの基本データを押さえつつ、遠慮のない評価をしていて、東京女学館の項目はとくに痛烈です。

 

 

現況、本館在学生は約二百有余名で、大多数は上流の者ばかりである。徒に華美を粧ひ、紅粉の施して「お天狗連」の衆りだから、女子の通有性たる驕慢や放恣に傾く恐れあるは夙に識者の患ふる所である。どうも実際に未来の良妻賢母の生ずるに至るか、どうかは甚だ疑問の至りである。社会の経過に迂遠な貴族的思想のみ発達して「プラクチカル」には遠ざかるのは教育界に悲しむ可である。(略)

争って校門に漸集する理由は皆、大臣、大将や富豪の令夫人たらんとするにありとは、情けない次第ではないか。斯くては学校は、ただ遊んで暮し勉めずして食せんとする遊情極まる女性を養成するに過ぎぬのである。

本校はさすがに上流人の集まれるだけに、美しい令嬢が多くゐる。ハイカラの隊長はここである。彼の色魔と称された野口男三郎は、生徒の昇降する時間に本校に至って婦降術を施したと云ふではないか。幾人彼が毒手にかかったかは知らないが、随分評判があった。

当今は大に着実と云ふ事に注意してゐるやうだから追々改まるであらう。

 

※一部句読点を直し、清音を濁音に直してます。

 

 

臀肉事件と野口男三郎

 

vivanon_sentence野口男三郎(おさぶろう)はこの十年ほど前に「臀肉(でんにく)事件」で世間を震撼せしめた人物です。この事件はいろんな意味で興味が尽きません。

事件は1902年(明治三五年)三月二七日に起きました。麹町二番町で、風呂に行った十一歳の少年が夜の十一時になっても家に戻らず。父親が探しに行ったところ、母親が使いを頼んでいた砂糖を買って帰ったところまでは確認できましたが、それ以降の行方がわからず。

間もなく父親は暗闇で息子が絞殺されているのを発見、臀部の肉が切り取られていました。その猟奇性から大いに話題となるのですが、犯人は皆目わからず、臀部の肉を切り取った理由もわからず。

その三年後、薬局店主にウソの金儲けの話を持ちかけて殺害して金を奪った強盗殺人事件で野口男三郎が逮捕されます。彼は石川千代松という当時活躍していた理学博士のところに居候していた人物です。うちにも何冊か石川千代松の著書があります。そんな著名な人物のところにいたことから信頼できる人物と見なされていました。なおかつ、相当の美男子だったこともあって、これも話題沸騰。

 

 

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