松沢呉一のビバノン・ライフ

自分では意識しにくい蔑視—要友紀子著『風俗嬢意識調査』の読み方[中]-[ビバノン循環湯 454] (松沢呉一)-3,472文字-

相談できる客は客ではなくなる—要友紀子著『風俗嬢意識調査』の読み方[上]」の続きです。

 

 

 

かわいそうな白石さん

 

vivanon_sentenceワタシが決めた』にAVクィーンの白石ひとみが書いていたように、彼女が言っていない言葉を勝手に書いて、「かわいそうな白石さん」を作り上げてしまう取材者たちがいる。これと同じような体験は南智子からも聞いている。

おそらくこういうことをする取材者たちは悪意などなく、話を改竄しているとも思っていない。何も考えてないバカ女じゃ話にならないため、受けるように過剰な演出を加えているのなら意識的だが、自分が想像できる風俗嬢という範囲に話をまとめるため、意識せずにそういうことをしてしまうのだろうと思う。

この心理が今もなお「ワケあり風俗嬢」を捏造したり、過剰にそういった存在を取り上げたがり、そういった部分のみをクローズアップすることにもつなかっていくわけだ。

ここにこそヤラセがあるのに、『売る売ら』で取り上げた林マリサという人物のように、メディアに出る前向きな風俗嬢の存在をヤラセだとしたがるのがいる。どっちも根っこは同じ。男も女も依って立つ道徳が同じなのだ。

彼女とて「かわいそうな女たち」という善意でこんなことを言っているのだろうが、それこそが迷惑な悪意なのだ。エロ仕事をやっている女たちの主体性を認めずに、言葉を改竄し、捏造する善意のエロライターと同じなのに、それに気づかず、仕事の否定さえやってみせる林マリサの方が遥かに滑稽で傲慢であり、その分悪質であることは言うまでもない。

「貯金は何に使う?」というのもそう。私も「収入は何に使っている?」と聞くことは時々あるが、「別に」と答えられたら、それでおしまい。「別に」は「別に」だ、それ以上答えようがない。しかし、これでは納得せず、「なんかあるでしょ」と突っ込んでくるのがよくいると聞く。

貯金をしているOLがいたところで、ほとんどは明確な目標なんてなく、「将来のため」「いざという時のため」「なんとなく貯まっているだけ」という程度の話だろう。「別に」である。なのに、風俗嬢の貯金は、何らかの明確な使い道が設定されていて欲しいのである。好きでやっているのでなく、目標のために涙流して健気にやっていて欲しいのである。

例えば、ライターとしての私に取材をする人がいたとして、「将来はどんな仕事をやりたいの?」と聞き、「こんな仕事をやっていたら、不安になって当然ですよね」と決めつけることは失礼だろう。事実、私は常々こういうことを考え、不安にもなっているが、第三者がこう決めつけるのは、「あなたみたいな売れないライターは生活が安定せず、この先、そうは長い間ライターなんてやっていられるはずがないのだから、そろそろ転職を考えていて当然」という思い込みがある。「そうかもしれんが、そうまで他人がオレが選んだ仕事を否定しないでくれよ」という話である。

「貯金はありますか」

「ないよ」

「何にも考えてないバカですね」

「うるせえ」

という話。四十二歳にもなって貯金ゼロではバカにされてもしょうがないけど。

Ziegfield Follies Studio Girl

 

 

まずは仕事の話

 

vivanon_sentenceよく「こんな仕事をやっているのに、君は汚れていない」といった言葉に腹が立つという話を聞く。これを言う人は、心の底からの褒め言葉のつもりで言っているに違いない。しかし、「汚れている」として仕事を否定しており、それを積極的に選択した人をも否定することになっていることには気づかない。

その仕事を嫌っていない限り、誰しも自分の選択、自分の仕事を否定されるとイヤなもんだと思う。

実際働いているうちにスレるということはある。水商売も同じだが、客あしらいがうまくなると、受けのいい言葉を口先だけで言ってしまったり。しかし、これを「汚れている」とするのはまた傲慢。ライターだって文章がこなれてきて要領よく原稿が書けるようになるものだが、これを「汚れている」とは言わない。

熟女の旅』に書いたように、「いつまでもできる仕事じゃないんだから」という決めつけは職業の軽視であり、時に蔑視であり、現実を無視して、働く者の意思を踏みにじるものである。現実には、その気になれば、かつその能力があれば、平均的OLよりもずっと長く働ける仕事だ。しかも、平均的OLよりも高額の収入があるのだから、不安になるべき存在がいるとしたら、そういったOLたちの方なのである。

ところが、二十歳そこそこのOLたちに、「不安にならないのか」「次のことは考えているのか」「将来どんな仕事につきたいのか」「結婚はしないのか」「いつまでやるつもりか」と次々と問い詰めるようなことを聞く人はまずいない。そのくせ、この質問を風俗嬢たちにはしたがる。

 

 

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