松沢呉一のビバノン・ライフ

日産コンツェルン創立者・鮎川義介の微妙なヒトラー批判—日本におけるヒトラーの評価[5](最終回)(松沢呉一)

古垣鉄郎がヒトラーを暗殺しても無駄だとした理由—日本におけるヒトラーの評価[4]」の続きです。

 

 

 

鮎川義介のヒトラー批判

 

vivanon_sentenceほかにもヒトラーに批判的なものはあって、たとえば鮎川義介著『物の見方考え方』(昭和十二年)には「ハイル・ヒトラー」と題された短い文章が掲載されており、そこにこう書かれています。

 

 

支払いの途の立たぬ賠償金を背負う独逸国民は、現前にハイル・ヒトラーを叫ばずにはゐられなかった。ヒトラーが現れたのは、決して所謂政治問題からではない。経済上の重圧が、かかる独裁者を必然的に押出したのである。

これから世界各国は挙(こぞ)って愈々個人主義の大行進となってきた。

(略)

こんな鎖国主義でもって、吾人、人類が渇望するやうな立派な社会を醸し出し得るであらうか。お前たちは極楽に行うとして、地獄の門に押し寄せつつあるぞよと、神様は宣ふに違ひあるまい。

(略)

ヒトラーやムッソリーニなどは、独逸、伊太利といふ一国家の神様人で、世界の神様人としては人が許して呉れない。郷社の鎮守様ぐらいゐのところで、今日のヨーロッパ全体がこれに縋(すが)ることが出来ないのは、まことに心細い次第である。

 

 

ここでの「個人主義」は一国主義、鎖国主義のことであり、リベラリズムと重なる個人主義とは無関係。ドイツだけを指しているのではないのですが、ドイツがそのきっかけを作ったという指摘です。

鮎川義介というのは、日産コンツェルンの創始者であり、旧財閥を出し抜いて満州国と手を組み、さらに軍需産業が後押しをして力を持ちます。ドイツのような自給自足の鎖国的経済政策に反対して、世界規模の自由経済を求めており、それこそが平和につながる途であり、今までのような武器を手にした戦争ではなく、これからは国際的な経済戦争になるのだと断言しています。ヒトラーやムッソリーニを小者扱いしているのも、その見地からであって、人権的見地ではありません。

この本の中に、来日したドイツ人の若手実業家と会った時のエピソードが出ていて、ドイツの窮状を訴える彼に「もう一回戦争をやればいい」と吹っかけています。本気か冗談かはわからないですが、経済のためには戦争をやる、経済のためには平和を希求するという人だったのだろうと思います。

※この書影は「改訂普及版」の扉で、この本の前書きによると、原本は六十七回版を重ねたとのこと。ベストセラーである。

 

 

ドイツ系ユダヤ人の満洲移住計画

 

vivanon_sentenceこの本にはその話は出てこないのですが、鮎川義介は1934年(昭和九年)に「ドイツ系ユダヤ人五万人の満洲移住計画について」という論文を発表しています。この論文はやがて「河豚計画」に発展し、日本政府と財界は本気でユダヤ人を数万人から数十万人規模で移住させることを考えていたようですが、実現されずに終わります(この論文は現物が見つからないようです。論文が存在していたことは間違いなさそうで、であるなら原本しかないなんてことはないでしょうが、製本もされていないペラペラのものだと捨てられやすい)。

 

 

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