松沢呉一のビバノン・ライフ

ナチスは焚書をやった、占領軍も焚書をやった—『我が闘争』を読んだ人たち-(松沢呉一)

 

 

ルート・アンドレアスは『我が闘争』を読んでいた!!

 

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全員ではないかもしれないけれど、白バラの人たちはヒトラーの『我が闘争』を読んでいたことを指摘しました。

H. フォッケ /U. ライマー著ナチスに権利を剥奪された人々』にはこんな話が出ています。

 

 

母は一九三三年以前は社会民主党の地区指導者でした。母は近所の人たちと何時間も議論し、ヒトラーの『我が闘争』をぜひ読むように勧めていました。それを読んでどんな危険な運命が彼らにふりかかることになるか、知って欲しかったのです。でも近所の人たちは拒んで言いました。〈よして下さい、あんなくだらない物は最初の五ページ読んだだけでもうそれ以上読めませんよ。〉と。

 

 

母ちゃんは『我が闘争』を読んでいたのか!!

これは社会民主党員の家庭で育ったエルザ・ヤーコブスという女性の証言です。

父親は警察官だったのですが、ナチスに同調しないために解雇されます。この話は怖くて、強制収容所から戻ったら、父親は別人のようになり、泣いてばかりいたそうです。詳しくは書かれてないですが、人格破壊されたのかもしれない。

では、次の驚き。ルート・アンドレアス-フリードリッヒ(Ruth Andreas-Friedrich)はユダヤ人の救援運動に関与した一人であり、娘のカーリン(Karin Friedrich)も母親に協力しています。

以下は、對馬達雄著『ヒトラーに抵抗した人々』より。

 

カーリンによると、母はヒトラーブームの始まった一九三一年、『わが闘争』を読んで、これから起こる事態を予感したという。

 

我が闘争』を読んでいたのか!! って何度でも驚きます。グイド・クノップ著『アドルフ・ヒトラー五つの肖像』によると、あの本を読んだ人はほとんどいなかったはずなのに、ゴロゴロいます。ここまで私が見つけた人たちは全員ヒトラーに批判的であり、反ナチスの抵抗運動をやった人たちです。

彼らのようなのがいた一方で、宣伝省の中にいてもなんとも思わなかったブルンヒルデ・ポムゼルのような人もいました。人間の出来が違う。

私も『我が闘争』を読んで「全部書かれているではないか。それでもドイツの国民はナチスを支持したのか。騙されていたのではなく、ユダヤ排斥も独裁政権樹立もわかっていて支持したのか!!」と愕然として、その流れで、ナチス関連のものを読むようになってここに至るのですが、今の時代に読んで、ヒトラーの意図をそこに見出すのは簡単。それを実行した結果が出ているんですから。

答えが出ていない段階でそこまで見抜くことは難しかったろうと思います。それでも見抜いた人たちがいました。

多くの人たちにとっては文章上の誇張だろうと思えただけかもしれない。なによりユダヤ人の排斥、大ドイツの建設については合意できる人たちが多かったわけですから、それらの表現までを許容できた人たちも多かったのではなかろうか。つうか、大多数の人たちはそもそも読んでないのだから話にならない。

抵抗運動を担った人たちは『我が闘争』を読んだ率が高いことには意味があるのだと思います。

なお、ルート・アンドレアス-フリードリヒ(Ruth Andreas-Friedrich)著『ベルリン地下組織—反ナチ地下抵抗運動の記録 1938~1945』については私は大きな疑問点がありまして、問題点を羅列したものを書いてあるので、気が向いたらまとめ直して出します(出しました)。

※下の方に出てくる『ヒトラー第二の書』。生前未完になった『我が闘争』の続編

 

 

 

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