松沢呉一のビバノン・ライフ

イルマ・グレーゼと並ぶナチスの女サディスト/イルゼ・コッホ—収容所内の愛と性[17]-(松沢呉一)

被告の半分近くが女だったのは「女はサディストだから」か?—収容所内の愛と性[16]」の続きです。

 

 

 

女のサディストが必要だった

 

vivanon_sentence女看守の残虐性が強調されたのは、売らんかなの報道によるものだけではなく、占領軍の意向によるところも大だったのだろうと思われます。

逃げなかった者、逃げられなかった者から起訴していった結果、男女比が24対21と、ほとんど変わらなくなってしまいました。これはあまりに不自然であり、この不自然さをごまかすために出てきたのが「ナチスの女看守たちはサディストだった」あるいは「女はことごとくサディストだ」という物語でした。そうしないと、女たちを裁けない。イルマ・グレーゼ、ユアナ・ボルマン、エリザベート・フォルケンラートをヨーゼフ・クラーマーと並べて処刑するためには、そうでなければならなかったのです。

以下の新聞での扱いを見るとよくわかります。

 

Chicago Tribune newspaper report. 25 September 1945

 

男は所長のヨーゼフ・クラマー、医師のフリッツ・クライン、親衛隊上級曹長のペーター・ヴァインガートナーの名前が出ています。被告番号の1から3までです。女は8のヘルタ・エーラート、9のイルマ・グレーゼ、10のイルゼ・ローテの名前が出ています。イルゼ・ローテは弾薬工場で働くのを拒否して収容された人ですよ。彼女はここに並べるような人ではなく、裁判でも無罪です。

説明がないので、そんなことはわからず、まとめて悪人です。しかも、Ilse LotheのスペルがIlse Litheになっていて、どうでもいいのでしょう。新聞が必要なのはイルマ・グレーゼでした。

あるいは反ナチスの地下活動で収容所に入れられたスタニスラワ・スタロスカを懲役15年に処するにも「収容者であっても権力を得た女はサディストに変貌する」という物語が必要とされ、なおかつ反ナチスの活動を一切顧慮しない姿勢が必要でした。

 

 

「ブーヘンヴァルトの魔女(Hexe von Buchenwald)」イルゼ・コッホ

 

vivanon_sentence残虐なナチスの女として、イルマ・グレーゼと並んで名前がよく出る人物にイルゼ・コッホ(Ilse Koch)がいます。

 

Wikipediaよりイルゼ・コッホ

 

悪そうでしょ。でも、こういう写真の印象は当てにならないのは今まで見てきた通り。悪いヤツだとしても、裁判の判決が適切か否かは冷静に見ていく必要があります。

「イルゼ・コッホは収容者の皮膚を使ったランプシェイドが欲しさに刺青のある収容者を選んで殺した」という話が今もネットには書かれており、日本語版Wikipediaのイルゼ・コッホの項には冒頭でこう説明されています。

 

イルゼ・コッホIlse Koch,1906年9月22日 – 1967年9月1日)はブーヘンヴァルト強制収容所所長の妻であり、女性看守。彼女は、囚人に対するサディスト的な拷問行為及び好色さで知られている。また、囚人の皮膚で工作を行った事でも有名。

 

こう断定していますが、当時も今もはっきりしないのです。

 

 

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