松沢呉一のビバノン・ライフ

川崎市市民ミュージアム浸水から考える春画—そろそろ刑法174条(公然わいせつ)と175条(わいせつ物頒布)を見直しませんか?[15]-(松沢呉一)

よその国の現実を知りたい—そろそろ刑法174条(公然わいせつ)と175条(わいせつ物頒布)を見直しませんか?[14]」の続きです。

 

 

 

川崎市市民ミュージアムの被害で心が痛くなる事情

 

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私が借りているトランクルームに浸水していたり、パンディットが入っているビルのエレベーターが壊れたり、冠水したわけではない地域でも被害があったくらいで、台風19号は強烈でした。

その程度だったらさしたる問題ではないですが、病院が機能停止になり、店舗が営業再開できなくなるなど、被害全貌が徐々に明らかになってます。人的被害はなかったとは言え、川崎市市民ミュージアムの浸水はこっちもイヤなダメージを受けます。家に置いておくよりも、こういう施設に保存した方が安心という思い込みが完全に崩壊しました。

26万点の収蔵品のうちの9割程度が浸水したようで、収蔵庫にあったものは全滅っぽい。濡れただけなら影響のなかったものもあったでしょうが(陶製や木製のもの)、外に溜まった水の圧力に耐え切れずに防火扉が壊れて水が勢い良く流れ込んだようで、棚がなぎ倒されて破損したものも多そうです。火より水の方が強い。

収蔵点数は、東京各区の中央図書館と同程度で、ざっと検索で所蔵の出版物を見る限り、大半は金さえ出せば補充がきくものですが、市民ミュージアムは美術館と博物館と図書館を合わせたような施設なので、損失はもっともっと大きい。

美術ジャンルは写真や印刷されたポスター等が多くて、絵画が中心の美術館に比べればまだしもではありますけど、一点ものもそれなりにはあるでしょう。マンガ関係の資料も多く、原画の類いもあったらしい。

デジタル化していればまだよかったのですが、予算の都合で追っ付いてなかったとも聞きます。

文化財の喪失というだけでもダメージを受けるのですが、いかに想定できない規模の台風だったとは言え、設計にミスがあったのではないかと考えたりもしますし、そもそもこの台風自体、温暖化によって巨大化したと言われているので、純然たる自然災害と言い切れないところが「イヤーなダメージ」を生じさせてます。つまりは、私もその責任の一端を僅かではあれ担っているわけです。

私が感じている傷みを共有できる方は刑法175条にもイヤなダメージを感じられるはずです。

※2019年10月19日付「NHK NEWS WEB」より

 

 

春画をめぐる刑法175条の不当性

 

vivanon_sentenceパンディットで、荻野さんの方から、春画の話が出てました。江戸の春画こそ、刑法175条によって、日本が大きな損失をしてきたいい例です。おおっぴらに展示、販売ができない。研究もままならない。

国会図書館を筆頭に、所蔵している図書館や美術館はあるのですが、国会図書館でも展示はできず、一般の閲覧もたしかできなかったはずです。

コレクターが亡くなると、「お父さんがこんなものを集めていたことを知られたくない」と捨てるケースがあります。買い取ってくれる古本屋や古道具屋もあるのですから、せめて売ればいいのですが、それがバレたらわいせつ図画の販売で捕まるかもしれない。そこまで考えないとしても、そんなもんに文化的価値があることが遺族はわからない。法によってその価値が見えなくされて、ただの卑しいエロとしかとらえられないのです。そういう国ですから、捨てたとしても責められない。

台風被害と違って、長い長い間に人知れず処分されてきたので、そのことを認識しにくく、なおかついまなお十分に春画の価値が理解されていないために川崎市市民ミュージアムほどわかりやすくないだけで、法律や国民の意識が文化財を潰してきました。これは100%人災。

明治以降、今にいたるまで海外に流出したものも多くて、イギリス、フランス、アメリカ等、海外での収集、保存、研究、評価が先行しました。価値がわからない国から、海外に流出したおかげで保存され、価値を見出されたのが皮肉です。

そのことを嘆く声は国内にもあったのですが、1960年、在野の研究家であった林美一と、その著書を多く発行していた有光書房が摘発されます。最高裁でその「国貞裁判」の有罪が確定したのは1970年代に入ってからです。

摘発されたのは本体ではなく、付録の図版ですが、『艶本研究 国貞』は、一般の人が気軽に手にとるものではなく、手にとったところで文字が中心で面白いものではありません。部数も多く、定価も高いですから、町の書店には並ばない。

春画の研究をする出版物でも、法の不当性を指摘する出版物でも現物をそのままは出せないのです。

※撮影:永山薫

 

 

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