松沢呉一のビバノン・ライフ

有益なものだけ残そうとするとすべてが消える—RADWIMPS野田洋次郎の優生思想[4](最終回)-(松沢呉一)

遺伝子がすべてを決していると考える頭の悪さは遺伝か?—RADWIMPS野田洋次郎の優生思想[3]」の続きです。

 

 

 

無駄を消していくと自分が消される

 

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ナチスの問題は、優生思想を民族に落とし込んで、アーリア人の遺伝子を残し、ユダヤ人を抹消しようとしたことにあるわけですが、民族に留まらず、障害者、不治の病、同性愛者、売春婦、共産主義者、社会主義者など、国家にとって不要な者たちを選別して抹殺しようとしたことも忘れてはなりません。

人間の性格、資質、行動、思考のすべてを遺伝子が決定しているとし、何が優れているのかを国家の都合で決定して、すぐれた子孫を残し、劣った者を抹消することで、民族や国民の質を上げようとしたわけですが、ヒトラーの判断が正しいはずがあるか? たとえば彼やゲッベルスが不要とした退廃芸術はなくていいものだったか? あの時代のドイツだったら、RADWIMPSも確実に退廃音楽だったでしょうが、消されていいものなのか?

ナチスなきあともナチスの記述をする人たちはチンコの皮については不要と判断しました。判断したわけではなく、無意識に外した人たちも多数いました。「いらないもの」として忘れられたものが実は重要な意味を持つことがあるのです。それに気づける少数の人たちは無駄なことを考える人たちかもしれないけれど、長い目で見ると必要です。

何が必要な存在で、何が不要な存在かを人間は判断できず、予測できないってことでもあります。

なぜ未知の動物が発見されると嬉しいのかと言えば、そこに可能性を見るからです。動物が絶滅すること避けようとするのは多様性が減るからです。今はなんの役にも立たないように見える動植物がいつか役に立つかもしれない。仮になんの役にも立たず、人間の害になるかもしれないけれど、それでも多様であることが嬉しい。

ナチスドイツでは遺伝と無関係の「不要な者」にも抹殺は及び、同じドイツ人であっても、戦闘で重症を負った兵士や精神を病んだ兵士も殺していた可能性が高いヒトラーは戦争に負けつつある自国民すべてを殲滅したいというところまで最後は至ってました。もはやゲルマン民族は優秀ではないことが明らかになった以上、ドイツ人のすべては世界から不要となったのは辻褄が合っていたとも言えます。

結局、優生思想は人間の軽視、個人の軽視に至るのが必然です。無駄な存在を消していくと、最後は何も残らなくなる。すべての人間は無駄な存在なんですから。対象がユダヤ人だったから、数百万人を虐殺したからダメなのでなく、優生思想そのものがダメなのです。

だから私はナチスドイツにおいて、昆虫が好きなあまり無意識のうちにユダヤ人を救出した人好きな音楽やダンスを追求していった結果、ナチスへの抵抗運動になっていったスウィングス自分らの趣味を否定されたことでナチス支持から抵抗運動に転じていったショル兄妹不良化していったヒトラー・ユーゲントやドイツ女子同盟いかに罰せられようともポーランドの男たちとセックスをしたドイツの女たちにこそ希望を見ます。

Two teenagers dancing the jitterbug, 1942

 

 

カトリック司祭からの批判

 

vivanon_sentenceドイツのように劣等民族を駆除するまでに至らなかっただけで、優生思想による断種はドイツだけでなく、米国、カナダ、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマーク、スイス、オーストラリアなどで実施され、日本でも実施されました。

本シリーズの1回目に軽く書いたように、カトリックは断種に反対していたため、実施したのは、キリスト教の影響が弱い国、もしくはドイツのようにプロテスタントが強い国です。

カトリックが断種に絶対反対の立場であったことはヨハネス・クラウス著『カトリック的家族の理想と優生学及び産児制限』(昭和13年)で知りました。薄い冊子ですので、これは読むといいと思います。

結論を簡単に言えば「生命に干渉することは人間には許されない」ということなのですが、この冊子では、そのカトリックの立場とは離れて、優生思想や断種の問題点にも触れています。

正常とされる人間からも欠陥のある人間は生まれてくるのであって、断種の有効性は疑問であり、また、その範囲は好ましくない人間に広く及び、やがては安楽死にもつながるとしています。

ドイツが断種を積極的に進め、「民族的偏見」がこれに加わっていることを憂慮することも書いていて、この先に起きることを予見していたかのような内容です。

ただし、「劣種禁婚法」(劣った人々の結婚を禁じる消極的優生思想の方法のひとつ)については容認していると読めます。

 

 

 

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