松沢呉一のビバノン・ライフ

「閆麗夢の主張を検討する」のその後—なぜ彼女は言わなくていいことを言ってしまったのか-(松沢呉一)

以下に書いている「武漢ウイルス研究所で作られたウイルス説」はあり得ないようだとの見方は撤回します。その事情は「「新型コロナウイルスは実験室で人工的に作られた説」を中国政府までが支持—COVID-19の起源」「人工ウイルスが漏れたとしてもなんらおかしくない—フレッド・グテル著『人類が絶滅する6のシナリオ』より[5]」を参照のこと。

 

 

閆麗夢らによるレポートは否定されまくり

 

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重要なポイントについては決定的な証拠が出てこない—閆麗夢の主張を検討する」で取り上げた、米国に亡命した元香港大の研究者・閆麗夢らによる「新型コロナは武漢ウイルス研究所で人工的に作られたことの証拠」とされるレポートは、私にはとうてい理解できるものではなかったため、研究者の論評待ちとしてましたが、結論はほぼ出たようです。

多くのメディアは黙殺で、これを取り上げたいくつかのメディアが複数の研究者に聞いた範囲では、全員揃って「人工的に作られた証拠は見出せない」という評価であり、「ゴミ」と言っている研究者もいます。

ゴミという評価が正しいのかどうかも判断できない自分が悲しい。

すでに結論が出ているということかと思いますが、Twitterの彼女のアカウントは停止され、InstagramやFacebookでシェアされた彼女のインタビュー動画にも「虚偽情報」マークがついているようです。

あのレポートが正しいとしても、武漢ウイルス研究所が人工的に作り出したことの決定的な証拠にはならず、彼女の言っていることの重要ポイントはすべて伝聞と推測でしかないと私は判断していますが、いよいよ彼女の言っていることは「論評するに値しない」と結論を出すしかなさそうです。

さらにトランプ政権のブレインだったスティーブン・バノン(Stephen Kevin Bannon)が彼女の背後にいることが明らかにされています。郭文貴スティーブン・バノンが加わって、人脈的な怪しさが倍増し、彼女はもはやそっち方面でしか需要はないでしょう。

閆麗夢はインタビュー内で、人民解放軍内の研究施設について言及していましたが、その研究施設にいたらしき研究者がヨーロッパ某国に亡命したとの情報が先日来チラホラ出ていて(亡命先さえはっきりしない)、そちらの情報が公開されたらまた一応は検討してみますけど、閆麗夢についてはここで打ち止めかな。

※2020年9月18日付「VOX」 スティーブン・バノンとの関係を明らかにした内容。閆麗夢のレポートについての研究者の否定的評価も比較的細かく記載されています。

 

 

閆麗夢の主張はむしろ中国に有利に働く

 

vivanon_sentenceアンスラックス(炭疽菌)が生物兵器に向いているのに対してコロナウイルスは向いていない」で説明したように、「武漢ウイルス研究所から漏れた説」は「(生物兵器として)人工的に作られた説」と「保存していた自然界のウイルスが漏れた説」の大きくふたつの中身があって、閆麗夢の主張は前者です。今年の2月から3月頃には何人かの研究者がこの説を出してましたが、「不可能」ということでほぼ結論が出ています。

なおかつ彼女が言うように、半年で完成させられるとしても、「なんのために半年かけてそんなことをするのか」という説明もできません。生物兵器しか考えられないわけですが、現に中国だって感染者が多数出たように、生物兵器としては感染力が強すぎて役に立たないのです。

中国が主張している「米軍が中国でばらまいた説」もまるで説得力はない。自国民の方が多数死ぬ生物兵器ってどんなんだって話です。自爆生物兵器。

しかし、防疫等を目的とした研究のためにウイルスを保有することはあるのですから、「保存していた自然界のウイルスが漏れた」説は未だに消えておらず、中国国内でもこの説は出ていました。

中国政府がオーストラリアなど、国外からの調査を拒否し、WHOの調査も現地にさえ行かず、北京だけで聞き取りをした腰砕けのものだったことがこの疑惑をなお深めています。

ウイグルの強制収容所もそうですが、疑惑を否定するなら、「どうぞどうぞ」と調査や取材を受け入れればいいだけのことです。それで疑惑は消えますし、それをやらない限り、疑惑は消えません。

という現状の中で、閆麗夢らの主張は、すべてまとめて「フェイク」として葬られる契機になりかねない代物です。このふたつを区別して考えるほどの関心のない人が圧倒的多数であり、一部の支持者を得られても、中国を追い込む謀略としては逆効果です。

今後、中国サイドはこれを利用してくるでしょう。武漢ウイルス研究所から漏れたとの疑惑に対して、「西側諸国でもゴミと言われたあの嘘つきの言い分と同じ」と決めつけておしまい。

閆麗夢はなぜ「武漢ウイルス研究所から漏れた」に留まらず、「人工的に作られた」という説をとったのかがわからない。

そこも検討してみました。

※2020年9月16日付「中央日報」 黙殺しているメディアが多い中、複数の韓国メディアが日本語版でこの問題を取り上げています。

 

 

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