松沢呉一のビバノン・ライフ

殺人被害者数を出しても「殺人事件が多いメキシコで、比較的女は被害に遭いにくい」という結論にしかならない—ポストコロナのプロテスト[57]-(松沢呉一)

フェミサイド(femicide)を主張する時に出す数字に意味がない—ポストコロナのプロテスト[56]」の続きです。

 

 

 

殺害数だけ出されても

 

vivanon_sentenceフェミサイドという考え方自体は大いに意義があると思います。この考え方が浸透することで、たとえば「夫婦喧嘩の末に殺した」「別れ話が揉めて殺した」という事件があった場合にも、ヘイトクライムの可能性があることを示唆することになります。

現実に、家庭内の殺人被害者については女が多いはずですから(家庭内殺人についての数字はわからなかったですが、家庭内暴力については96パーセントの被害者が女性とあります)、その男女差に差別が生じていて、ヘイトクライムが存在している可能性があります。

「黒人が不当に殺された」という時には差別文脈でいきり立つ人が、「痴情のもつれの殺人」だとただの個人の犯罪としてスルーしがちなことの視野を広げます。それらすべてがヘイトクライムとは言えないですが、そこにヘイトクライムが存在するかもしれないことを意識するだけでも意味はありましょう。

という点でフェミサイドという考え方に異議はないのですが、「銃の乱射で男が10人死んだ場合と、女が1人混じっていた場合とでは後者を重く罰せよ」というようなことになってしまうので、圧倒的に男より少ないただの殺人被害者数を出してくるのは手抜きがひどいし、説得力がない(はずなのに、メディアまでが「メキシコは殺人事件が多い」「男女比で見ると、女の被害は圧倒的に少ない」という以上のことは語っていない数字を出して「こんなに死んでいる」とやっているのはなんなのかなと。その先にまで踏み込むと都合が悪いからでしょうけど)。

「女が殺されている場合は犯人が有罪にならない」という主張もあるのですが、これも数字が見つからない。メキシコは治安が劣悪であり、警察も劣悪であることは今まで見てきた通りで、とくに女が殺されている場合に犯人が免罪されることを説明する数字が必要であり、男女の被害者による検挙率、有罪率の比較を出すのはそれほど難しいと思えない。

多数出てくるのは「××さんはこんなひどく殺された」という例で、これをいくら出してもダメです。殺人の被害者はどういう例でもおおむね悼ましいのですから。43名の男子大学生が行方不明になっておそらく全員殺されたのだって悼ましいと思うし(その場で射殺されたのを入れて46人の殺害事件とされているものもある)、この事件では逮捕された容疑者が1人として有罪になっていないことから、有罪になりにくいのはメキシコの犯罪全体だと思えます。

※2020年7月2日付「ELLE」 この記事にも「こんなにメキシコ女性は殺されている」「こんなに増えている」という数字と事件例とそれらに対するプロテストの話しか出していない。その先の数字を出せないなら、せめて脇毛くらい出せばいいのに。

 

 

メキシカン・フェミニストの言い分では、女は警官にも政治家にもなれず、プロテストもできない社会になる

 

vivanon_sentenceメキシコですから、殺害された女性3,825人という数字の中には、犯罪組織のメンバーもおそらく入っています。麻薬カルテルが擁する武装部隊にはしばしば女兵士が混じってます。社会通念としての「女は弱い」「女は闘いに向かない」「女が死ぬのはいたたまれない」なんて考え方は不要であり、ゲリラではジェンダーフリー。使える者、強い者、平気で人を殺せる者であればいい。

ここに出したのはメキシコの麻薬カルテルが、武装解除したコロンビアのFARCの方針に批判的なメンバーをリクルートして自分らの勢力に引き入れているという記事。

この写真はメキシコのものでしょうが、20人ほどいる兵士のうちのおそらく5名から6名は女です。

メキシコの政府軍がこの部隊と戦闘をして殲滅した時に、「女は殺すな」という主張をすることに意味あるか? この場合は統計上の殺人数にカウントされていないかもしれないけれど、組織間の抗争による殺人についてはカウントしているでしょう。

 

 

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