松沢呉一のビバノン・ライフ

コロナ禍で変質した安全装置—サイレント・エピデミック[15]-(松沢呉一)

自殺を決定するふたつの側面—サイレント・エピデミック[14]」の続きです。

 

 

「安全装置」の性差が自殺の性差を決定する可能性

 

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たとえば「家族がともに過ごす時間が増えて、絆が深まった」なんてことがよく言われていて、この範囲においては「安全装置」がいつも以上に機能していると言えます。

しかし、こういう家庭を構成する人々においても、その分、リモートになって職場の人間関係が薄くなった、学校が閉鎖された、住民の寄り合いがなくなった、飲み屋で会う人たちと会えなくなった、友だちと遊べなくなった、遠くの馴染みの店に買物に行けなくなった、宴会がなくなった、めでたいことがあっても誰にも祝ってもらえなくなった、家族で温泉に行けなくなった、信仰する宗教の集まりに行けなくなった、趣味のテニスができなくなった、占い館に行けなくなった、ライブハウスに行けなくなった、ナンパができなくなった、浮気ができなくなった、性風俗店に行けなくなったなど、一方では安全装置が切断したり、消失したり、機能低下を生じたり、変質をしたりしています。これも計算に入れる必要があります。

とくに先進国の都市部においては、地縁・血縁を越える人間関係が複雑に安全装置として機能しています。

日本のこの1世紀を考えると、地縁・血縁から経済的関係に人間関係の重心が移動して、職場恋愛・職場結婚が増加していくわけですが、現在ではそれも減ってきて、インターネットで知り合って結婚する人たちが増えていることが人間関係の作られ方の変化を雄弁に物語ります。

だからと言ってインターネットだけで人間関係を保っている人は少ないわけで、さまざまな人間関係で人は辛いことがあっても自殺をしないで済んでいます。

都市部では多様な関係を自ら作り出すことができるため、とくに単身者では「安全装置」に個性があって、そのありようは複雑で、婚姻関係よりも強固な「安全装置」を作り出している人たちがいる一方、「安全装置」をほとんどもっていない人もいましょう。

人によって違うってことになりますが、ほとんどの人はコロナ禍で「安全装置」に強いダメージを受けたはずです。装置が止まってしまったり、装置の出力が弱くなったり。よって動機になる要因が新たに増えなくても自殺は増える可能性があります。ギリギリで生きていた人が生きていけなくなる。

男性は「安全装置」に頼らないし、頼れないから、ほとんどすべての国で女性より男性の方が自殺率が高いと説明しました。私が言っているのではなく、多くの研究者がデータに基づいて指摘していることです。

細かな計算式まではわからないとして、これが自殺の男女差に関わっていることは間違いないだろうと思います。

女性の方が「安全装置」に依存し、自殺を抑制しているので、「安全装置」が正常作動しにくくなった影響は女性の方が多く受けることになります。あくまで理論上。

※出しそびれていたグラフ。「社会実情データ図録」より「世界69カ国の離婚率」。上から5カ国の自殺率の世界順位を書き添えてみます。1位ロシア(1)、2位ベラルーシ(3)、3位リトアニア(2)、4位ラトビア(5)、5位カザフスタン(6)。カッコ内はWikipediaの「国の自殺率順リスト」より私が加えたもの。これは意味があるでしょう。ロシアはアルコール依存症が多いことが離婚の原因にも自殺の原因にもなっていて、離婚はアルコール依存症を加速させることによって自殺を早める効果がありそうです。

 

 

文化、表現の役割

 

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時には音楽や演劇、映画を観に行くことでも「安全装置」になります。ここまで「感応」と言ってきたような人との接点です。

向こうから手を差し伸べてくれ、金を貸してくれたり、直接励ましてくれたりするわけではないという点で一方通行であり、よって多くの場合は「安全装置」としては弱いのですが、無視はできないだろうと思います。

 

 

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