松沢呉一のビバノン・ライフ

アラン・レネ監督「夜と霧」もちょっとツメが甘い—V.E.フランクル著『夜と霧』[付録編4]-(松沢呉一)

著者の意図に反する解説—V.E.フランクル著『夜と霧』[付録編3]」の続きです。

 

 

典型的な二分法に乗っ取った解説

 

vivanon_sentence悪だけの集団は存在しない、善だけの集団は存在しない、そこを踏まえないと、なぜナチスはああも残酷なことができたのかを見極めることはできないというのが収容所を体験したフランクルの実感であり、主張です。

翻って『夜と霧』の「解説」はどうかと言えばひたすらナチスは悪の集団という印象を作り上げるべく躍起になっています。

どうあれ収容所に関わった親衛隊員や、親衛隊員以外の人々は、その部分においての責任はありますし、集団としてナチスは悪としていいのですが、個々人をおしなべてあたかも悪魔のように描くのはあまりに皮相であり、フランクルの意図を踏みにじるものでしょう。

人間の集団は多層な「種族」から成り立っていて、英米ソがあらゆる側面で善意からなる国だったはずもなく、ナチスドイツのあらゆる人が悪魔のような人々だったわけでもない。ドイツにもナチスに歯向かって祖国の裏切り者として殺された人々もいましたし、ナチスに反抗したがために強制収容所に入れられて、戦後英米の裁判で裁かれた人々もいました。

フランクルにせよ、「解説」にせよ、カポ(本書では「カポー」)がいかに悪辣かを書きます。

 

カポー達はしばしば収容所の看視兵よりも「手厳しく」普通の囚人を悪意をもって苦しめた人々であり、例えば親衛隊員すらよりも遥かに多く普通の囚人を殴打したのであった。そういう行為に適した囚人だけが一般にカポーになったのであり、この意味において「協力」しなければ直ちにおとしめられたのである。

 

あくまで「一般に」、刑事犯の粗暴なドイツ人がカポになったわけですけど、フランクルと心通じ合っていた元将校のカポのようなのもいました。つまりはアーリア人たるドイツ人が優先的に管理役をやることになったのであり、だから、ユダヤ人を匿ったり、逃がしたり、軍需工場勤務を拒否したようなのもカポになるケースがあって、この巧妙な仕組みの中で嫌われ者となり、収容者の証言だけを根拠に裁かれました。

※ヴィクトル・フランクル著『夜と霧』旧版巻末に出ている図版より。「ベルゲン強制収容所の集団殺戮のあと」とあります。これは解放後に穴を掘って遺体を葬った集団埋葬時のものであることはたびたび書いてきました。この多くは病死であったことは当時の英軍も発表している通りで、「集団殺戮」ではありません。広く言えば収容所で亡くなった人は、収容されたこと自体が不当であった以上、どういう理由であれ、すべてホロコーストの犠牲者にカウントしてもいいのですけど、個別具体的な例の解説としては不適切なキャプションです。病気で死んだ現実より、集団殺戮ショーの結果とした方が娯楽性が高く、売れるという判断だったのでしょうね。そして、事実売れました。おそらくこれもジョージ・ロジャーの写真か、英軍の記録フィルムから抜いたものでしょう。このフィルムは当時兵役に就いていた映画監督のジョージ・スティーヴンズによるものです。軍に権利があるのでしょうから、著作権は問題にならないとして、クレジットは正確に書くべきです。これ以外に、マウトハウゼンの写真に掲載された写真のキャプションも現実とは違っていますが、省略。

 

 

アラン・レネ監督 「夜と霧」に使用された写真

 

vivanon_sentence「解説」が採用している怪しい証言—V.E.フランクル著『夜と霧』[2]で取り上げましたが、以下はアラン・レネ監督「夜と霧」に使用された写真です。

 

 

A Russian prisoner of war, shot whilst trying to escape from a German prison camp. Nazis left his body on view as a warning to others. (Photo by Keystone/Getty Images). Circa 1943

 

 

脇道に逸れますが、これについて改めて説明しておきます。

私はフェンスと服装に着目して「強制収容所のユダヤ人ではないだろう」と判断、秋山理央はブーツに着目して画像検索し、このサイトを見つけたそうです。

この写真は捕虜になった赤軍兵が脱走を試みたところを射殺され、見せしめのために放置されたものと見て間違いないでしょう。捕虜も強制収容所に収容されることはありましたが、これは強制収容所ではなく、捕虜収容所だと判断できます。

 

 

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