松沢呉一のビバノン・ライフ

母性に基づく「女子供バイアス」は戦後のドイツに引き継がれ、現在の日本でも維持されている—V.E.フランクル著『夜と霧』[付録編10]-(松沢呉一)

『夜と霧』『痛ましきダニエラ』『親なるもの 断崖』の共通点—V.E.フランクル著『夜と霧』[付録編9]」の続きです。

 

 

ヒトラーに嫌われたジャーナリスト、マルグレート・ボヴェリ

 

vivanon_sentence言うまでもなく「女子供バイアス」は女を男と対等と見ないことを前提としています。

ノルベルト・フライ/ヨハネス・シュミッツ著『ヒトラー独裁下のジャーナリストたち』はナチス時代にメディアはどうナチスに支配されていったのか、その中での抵抗はあったのか、その抵抗には意味があったのかを丹念に追った労作です。これはオススメ。

ヒトラー独裁下のジャーナリストの一人として、『ベルリン地下組織』のルート・アンドレアス=フリードリッヒも出てきます。彼女がどこで働いていたのかこの本でやっとわかりました。なるほどなあと思いましたよ。彼女の書くことは相当に注意深く読む必要があると改めて実感しました。

ルート・アンドレアス=フリードリッヒの勤務先については改めて取り上げますが、この本で比較的長く、かつ好意的に取り上げているマルグレート・ボヴェリというジャーナリストがいます。

彼女は大学で外交問題を研究して博士号を得、国際連盟で働くことを目指していましたが、ドイツが国連から脱退したためにその夢は果たせず、1934年に、リベラルメディアの「ベルリン日刊新聞」(Berliner Tageblatt)に入社。社命で地中海を取材して著書として発刊して、大いに評価されます。

しかし、ヒトラーは彼女を嫌い、「女が国際政治問題に口出しするのは癇にさわる」と発言したために、以降は女であることがわからないように、紙面ではM・ボヴェリ博士と名乗ります。すでに名前は知られていたので、あんまり意味はなかったようですが、「女の書き手が女であることを伏せた例」とも言えます。

これ以降の話もまた改めて取り上げるとして、この例はヒトラーにおける女性観をよく表していますし、今の日本における「女子供バイアス」に基づく女性観にも通じます。

ナチスは健康なアーリア人を産むことを奨励し、そこに吉岡彌生は惹きつけられます。また、女性票を意識して婦人参政権を維持して女性支持を集めたヒトラーでしたが、政治に口出しすることは許しませんでした。社会の庇護の対象としての母親である限りは大事にしたのです。ヒトラーは英米的婦人運動を嫌い、母性を根幹に置くスカンジナビア=ドイツ的婦人運動につながる女の言動までは容認でした。

※Heike B. Görtemaker『Ein deutsches Leben—DIE GESCHICHTE DER MARGRET BOVERI 1900-1975』 マルグレート・ボヴェリの評伝

 

 

女の犠牲者化・人形化

 

vivanon_sentenceウェンディ・ロワーの言う「女の犠牲者化」あるいは「女の人形化」は女の主体性を否定することで、責任を免除するものでした。ユダヤ人虐殺に関与した被告が、裁判所に子連れでやってきて泣き崩れれば無罪。

しかし、悪びれた様子もなく、しかも親衛隊員とセックスしまくり、看守同士でも同性愛関係を続けていたイルマ・グレーゼは死刑同性愛者の夫を持ち、家庭外でやりまくり、拘置されて以降も妊娠したイルゼ・コッホは証拠がなくても無期懲役

サディストというレッテルは重い刑罰にするにはもってこいでした。女のサディストはそれ自体が意思ある女の証明であり、「女子供」から逸脱する存在でした。主張する女はすべてサディストとして葬ればいい。証拠もなくそうしたところで批判する人は少ない。むしろ逸脱した意思ある女は重罪にしないと世間は納得しない。

トラウテ・ラフレンツは、白バラの重要人物にもかかわらず、処刑されなかったのは女だからだと自身で言ってましたが、ナチスの価値観、民族裁判所の価値観は戦後ドイツに残ったのです。

 

 

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