松沢呉一のビバノン・ライフ

ナチス・ドイツにおける女性誌の役割—ゲッベルスは天才[5]-(松沢呉一)

戦中でもドイツではハンドバッグの新作が売り出されていた—ゲッベルスは天才[4]」の続きです。

 

 

 

ゲッベルスの考え方と看守の髪型の関係

 

vivanon_sentence日本では、愛国婦人会などの保守系婦人団体や矯風会などの道徳婦人団体が、オシャレな髪型や服装をすることを「ぜいたくは敵だ」と潰し、ゴミのチェックまでやったのに対して、ナチス・ドイツははるかに先を行ってました。

ドイツの婦人団体も日本と同様、保守的、道徳的、母性的価値観に基づくのが主流派で、そういった層からの批判はあっても、宣伝省、つまりはゲッベルスは、そんな考え方ではプロパガンダの効力はないことを見抜いてました。

若い女たちが募集に応じて強制収容所の看守になった理由は未だはっきりはわからないながら、愛国心やナチスへの信頼みたいなものもありつつ、他の仕事に比べるとギャラがよくてぜいたくができたからであり、収容所には美容室があるか、呼べば来てくれて髪の毛をセットしてくれる美容部員がいたからでしょう。

それが看守たちの髪型であり、ナチス推奨の三つ編みじゃなくても髪型に凝ることは許されていたのだろうと思われます。そうすることによって自主性までをコントロールする。

ゲッベルスが直接そこまで管理していたわけではないですけど、ナチス・ドイツの賢さはここです。「贅沢は敵」ではなく、「誰もが少し贅沢ができる生活」を見せました。ヘンリエッテ・シーラッハの「自分や他人を少し幸せにしたかった」というヒトラー評はプロパガンダ上では正しい見方です。

大衆はアメがないと自主的には動かない。ナチスの残虐性や暴力性を見ていても決して見えてこないのはアメです。「アメの視点」でもう一回ナチス関連の資料をよく読むと、ここにナチスの巧妙さが潜んでいます。

生活に不満があるから政治に不満を持つことをゲッベルスはよくわかっていました。だったら生活を向上させればいいし、夢を見せればいい。

ユダヤ人を追い出して出世でき、ユダヤ人が住んでいたいい家に住めて、彼らから奪った家具や毛皮のコート、ハンドバッグ、宝石が安く手に入るなら、薄々ユダヤ人たちが殺されていることに気づいても国民は黙るのです。

※前回動画を埋め込んだ「GLANZ UND GRAUEN—Mode im ‘Dritten Reich’」はドイツ6都市にあるLVR産業博物館の企画展のようで、同サイトの案内ページより

 

 

ナチス・ドイツにおける女性誌の重要性

 

vivanon_sentence「息抜き」「ガス抜き」までをコントロールし、娯楽性を残したまま、ナチスの思想をそこに入れ込んでいく。この考え方はナチスの政策にはしばしば顔を覗かせます。

ヒトラー・ユーゲントがそうです。ハイキングやキャンプが楽しかっただけでなく、親や学校が今までのように頭ごなしに叱ってくるようなことがなくなったことも、やがては銃まで撃てるようになることもすべて十代にとっては一人前の大人になったようで自尊心をくすぐられたでしょう。やがては強制入会になって、そんなもんに意味を見出さないのまでが入ってきて内部に反ヒトラー・ユーゲント勢力を抱え込むことにもなりますけど、自主的に入会した時代は、青少年の不満をすくいあげる装置になっていたはずです。

ドイツ女子同盟も同様だったことはちょっと前に書いた通り。学校や家庭が教える伝統的な「女の子の正しい生き方」に対して、ドイツ女子同盟は英米的な男女平等思想を実践しているように見えたはずです。

それらはナチスに都合のいい人材を育てつつ、不満の解消を果たしていました。

大人たちにとってもそうです。この具体例は数回あとで見ていきます。

大人の女性たちに対しても同様であり、メディアについて言えば女性誌もそうでした。

ドイツではヴァイマル共和国時代から多数の女性誌が発行されていました。それらはヒトラー政権樹立後も出し続けられます。さらには戦争が始まってからも、宣伝省の肝いりで新しい女性雑誌が創刊されています。

※2010年4月19日付「SPIEGEL」掲載「Berlin am Ende des Zweiten WeltkriegsStadt, Land, Blut」 ベルリン戦が終わってすぐの写真のよう。まだ建物は燃えているのに子どもらは遊びを始め、手前のカップルは火を気に留める様子もなく歩いています。彼らの格好はこの直前まで壮絶な戦闘が行われていたことを想像させません。もちろん、皆が皆ああだったはずはなく、珍しいから撮ったのでしょう。

 

 

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