松沢呉一のビバノン・ライフ

「エミールおじさん」についての新刊が昨年ドイツで出た—ルート・アンドレアス-フリードリヒは反ユダヤの扇動者か、ユダヤ人救済の英雄か[上]-(松沢呉一)

これもボツ復活シリーズですが、ボツを復活したのは一部だけで(次回登場)、あとは新たに書きました。

 

 

納得しにくいこと

 

vivanon_sentenceはっきりと断定することはなおできないですが、ルート・アンドレアス-フリードリヒの『ベルリン地下組織』は、反ユダヤの扇動記事満載の雑誌編集長であったことをごまかし、裁判にかけられないため、あるいは裁判になった時に免罪されるように慌てて書いて出した本だと私は疑っています。だから、1946年に米国で出しています。すべてバレバレなので、国内で出すのは後回しにして、事情がわかりにくい米国での評価を先に狙ったのではないか。すべてが壊れた国内では本を出す余裕がまだなかっただけかもしれないですが。

エミールおじさんことヴァルター・ザイツとルート・アンドレアス-フリードリヒはのちに結婚(二人とも再婚)してますから、この二人で示し合わせてそうした可能性も疑えて、だとすると、周りも文句は言うまい。

直接の知人じゃなくても、誰もが生きるためのごまかしをする中で、「言っていることがおかしい」なんて指摘する人はいなかったでしょうが、彼女は早い段階で自己正当化の記録を出す必要があり、早い段階で出したがために、結果、それが過剰な功績となってひとり歩きをしたのではなかろうか。あくまで私の疑いです。

こんなことを疑いたくはないけれど、リアルタイムに書いたはずのない内容をそう見せかけるようなハッタリをかます以上、疑うしかない。

ルート・アンドレアス-フリードリヒは表彰もされ、その名前は現在もドイツの公園名としても残っています。

これは本の力です。書店に並んで書評が出て、図書館に保存される機能の力という意味だけでなく、本になると人は信用する。おかしな記述があっても気づけずに信用する。権威です。ごまかしのためのハッタリとして、ルート・アンドレアス-フリードリヒが本を出版したのかもしれないのだけれど、それがごまかし以上の権威になったと。

あの本の記述が正確なのだとしても、ごまかす必要がない人たちは忘れられ、収容所で殺された人の日記は本にすることを断られる現実を前に、どうしても納得しにくいものが残ります。

GoogleストリートビューよりRuth Andreas-Friedrich park 1990年に命名されたもの

 

 

ヴォルフガング・ベンツによるエミールおじさんについての新刊

 

vivanon_sentence

改めてルート・アンドレアス-フリードリヒ(Ruth Andreas-Friedrich)を検索すると、昨年来、以前は見かけなかった彼女に関する記事が出ていて、Wikipediaの項目内容も以前より増えています。

なぜこうも情報が増えたのかと言えば、2020年3月にドイツでヴォルフガング・ベンツProtest und Menschlichkeit. Die Widerstandsgruppe “Onkel Emil” im Nationalsozialismus: Die Widerstandsgruppe »Onkel Emil« im Nationalsozialismus』が出版されたからです。タイトルは「抵抗と人類」といった意味。大きく出ました。

ヴォルフガング・ベンツは歴史学者で、ベルリン工科大学アンチセミティズム研究センターの所長だった人物。

 

 

next_vivanon

(残り 1848文字/全文: 3240文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ