松沢呉一のビバノン・ライフ

死ななくていい人たちを巻き込んだハンス・ショル—ショル兄妹を褒め称えるだけでいいのか?[下]-(松沢呉一)

あまりに無防備、あまりに衝動的—ショル兄妹を褒め称えるだけでいいのか?[中]」の続きです。

 

 

行動を抑えていたクリストフ・プロープストを巻き込んだハンス・ショル

 

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ハンスとゾフィーの逮捕は、多くの人が危険を察知して止めているにもかかわらず、まったく耳を貸さずに暴走した結果です。

ゲッべルスと私──ナチ宣伝相秘書の独白』で、ブルンヒルデ・ポムゼルが白バラに対して「あんなことをしでかすなんて、それは彼らが愚かだった」と評しているのは、ナチスに抵抗したこと自体を指しているのですが、やり方の軽率さに限って言えば正しいと思います。

いつの時代もそうですが、事がうまくいくと加速度がついて警戒心を失い、誰かが注意をしても耳を貸さない。

クリストフ・プロープストは慎重だったのですが、もうハンスを止められない。ヒトラー・ユーゲント時代のハンス・ショルは大隊長を殴ったように、彼は直情的な人間だったのだろうと推測できます。

ハンス・ショルはリーダー的存在であり、ハンスとゾフィーは逮捕のきっかけになったビラまきの実行犯。アレクサンダー・シュモレルはハンスの次にビラや落書きに関与したナンバー・ツー。対してクリストフ・プローブストはコアメンバーであっても、妻と三人の子どもがいたこともあって、ビラまきについてはほとんど関わってない。落書きにも批判的で参加してません。

しかし、ハンス・ショルは何を考えてか、逮捕された時に、プローブストが書いた7番目のビラの草稿を持っていたために逮捕され、ともに処刑されてしまいました。この経緯は白バラは散らず』にも書かれておらず、ハンスとゾフィーはプローブストを守ろうとしたと書いていますが、逮捕されて以降はそうだったとしても、事前に守る気があったんだったら、草稿を持ち歩くべきではありませんでした。

クリストフ・プロープストと妻ヘルタと子ども

 

 

正しさに目がくらんだハンスとゾフィー

 

vivanon_sentence根拠なくハンスは「逮捕されるはずがない」と思っていて、だから警戒心がなかったのだとしか思えない。

ハンスは郵送用の切手を近所の郵便局で大量に購入したことを覚えられていて、家にも証拠を残してました。あらゆる点で捕まった時のことを想定していない。

プローブストはショル兄妹が自分の意見を聞き入れなかったことで自分までが処刑されることについては納得できないものが残ったのではなかろうか。ショル兄妹が死を覚悟して行動し、自分たちだけが死んでいくのはいいとして、仲間がいることです。プローブストには家族もいます。無責任すぎます。

人がいる学校の吹き抜けにビラをまいたことだけじゃなく、ゾフィーもまた警戒心があまりに薄くて、落書きを消そうとしている人やビラを掃除している人にそのままにして欲しいと伝えています。落書きを消していたのは東部占領地から連れて来られた人たちで、言葉が通じなかったのでよかったですが、その言葉をかけただけでも密告されてゲシュタポに捕まりかねない。あれではあの日逃げられたとしても遠からず捕まったでしょう。

彼らのやったことは正しいですが、正しさに目がくらんだのだと思います。

Wikipediaより独映画「Sophie Scholl – Die letzten Tage」のポスター

 

 

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