松沢呉一のビバノン・ライフ

あまりに無防備、あまりに衝動的—ショル兄妹を褒め称えるだけでいいのか?[中]-(松沢呉一)

「白バラ通信」を添削する—ショル兄妹を褒め称えるだけでいいのか?[上]」の続きです。

 

 

 

讃美とともに批判が必要

 

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インゲ・ショル著『白バラは散らずは薄くて、ビラの再録を除いた本文は100ページ程度です。同じ未来社からは尋問調書や記録集が出ていて、より正確な詳細を知るためにはそれらにも目を通した方がいいのでしょうが、だいたいインターネットで読めます。英語だったり、ドイツ語だったりしますけど。

彼らの行動を抵抗運動の象徴として涙を流しながら崇めるムキもあるのでしょうが、私はそういう気にはなれません。彼らの写真を見ていると、私も泣きそうになったりするんですけど、ここは涙を越えて、彼らを突出した存在として神格化して讃えることによって見えなくなっているものを指摘しておいた方がいい。

特攻隊を筆頭に、あるいはナチスがホルスト・ヴェッセルを英雄に仕立てたように、人は死ぬと神格化されがちですが、褒め讃えていい死と、そうしてはならない死、誉め称えると同時に批判もしなければならない死があります。また、死んでないけれど、誉め称えられていい人たちもいます。

圧倒的な力のあるナチスに素手で立ち向かった彼らを批判することは憚られるのでしょうが、やっている人が見当たらないので、私がやっておきます。以下はあくまで彼らの行動を讃えた上のこと、なにより悪いのはナチスやそれに同調した人々であることを確認した上のことです。

Sophie Scholl

 

 

ショル兄妹はあまりに軽卒だった

 

vivanon_sentenceあの時代に、一切のリスクのない抵抗などありはせず、効果を確信できる抵抗もなかった以上、すべてはリスキーで等価値でしかないのですけど、それにしてもショル兄妹は軽卒すぎました。

1942年の暮れ、彼らは翌年から戦線拡大の計画を立ててました。これまでより多くのビラを作ろうと。それが翌年の5枚目、6枚目のビラになるのですが、どこの誰かわからない者から警告をされてもいました。これがゲシュタポによるものなのかどうか不明ですが、ゲシュタポは時に温情をかけることがあったようです。そりゃ調査している過程で、相手の人となりまでが見えてきて、確実に処刑されることがわかっていれば見逃したくなることもあるでしょう。

とくに彼らは学生であり、四人は医学生です。戦争にとって医者は重要。全員、共産党の党員でもないですから、「おまえらが処刑されるのは忍びないからここでやめておけ」と言いたくなったとしてもおかしくはない。

5枚目のビラは広範囲に撒かれていることから、大きな組織が動いていると見て、ゲシュタポは捜査に本腰を入れていて、次の動きを待っているところでした。

ここで戦線拡大は危険だと、白バラ内部からも批判は出ていて、ビラと複写機の隠し場所として自身が経営する書店の地下を提供していたヨーゼフ・シェーンゲンは「危険過ぎる」を警告をしていて、事実、その通りになりました。彼も逮捕されていますが、「場所を貸しただけで何を置いていたのか知らない」と言いはって懲役6ヶ月で済んだからいいようなもので、ショル兄妹の行動は善意を踏みにじるものでした。

 

 

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