松沢呉一のビバノン・ライフ

「すっきりしないヴァイマル共和政」から「すっきりした独裁」へ—山本秀行著『ナチズムの記憶』[2]-(松沢呉一)

ドイツの都市部ではない町や村のナチズム—山本秀行著『ナチズムの記憶』[1]」の続きです。

 

 

 

見えにくい「非政治領域」のナチス戦略

 

vivanon_sentence山本秀行著『ナチズムの記憶——日常生活からみた第三帝国の内容については本書のあとがきに的確に説明されていますので引用しておきます。

 

 

これまで、ナチズムといえば、立錐の余地もない集会やパレードが象徴するように、人々をたえず政治的に動員してゆく運動であり、体制であるとイメージされてきた。しかし、ナチズムを人びとの日常生活からみてきていえることは、それとは正反対の非政治化という側面である。一九二〇年代の「すっきしない状況」から、ナチ体制下の歓喜力行団、大戦末期のあの「ハンドバックの広告」にいたる系列の重要性である。非政治領域、あるいは私的領域こそは、ナチ体制が人びとを統合するルートであった。しかし、同時に人びとが、もっとも執拗かつ、いろいろの手だてをつくして抵抗したのも、この私的領域へのナチズムの介入であった。

人びとが、ナチズムの介入にさからったり、もっと正確にいえば「はぐらかしたり」するやり方をみると、たとえば村の論理のようなものが利用されていた。しかし、そのおなじ村の論理が、ユダヤ人への理解と反感を共存させる論理として機能していたのである。つまり、ナチ体制に距離を置く論理が、体制をささえる論理としても用いられていたのである。

 

 

ヴァイマル共和政は「すっきりしない状況」でした。政党が乱立し、内閣が次々と入れ替わる。この政治的混乱は、農村部にも押し寄せて、地元のスポーツ団体も政党によって分けられて、時に対立をしていきます。農村部ではさほど影響はなかったにしても、ドイツ全体としては「すっきりしない状況」は経済的にもすっきりせず、とてつもないインフレと失業者の増大とリンクします。

後段は「ジャーナリストたちが抵抗と自認していたことがナチス体制を支えていた」って話にも少し近い。

国家人民党、社会民主党、共産党、中央党といった政党によっても作られていた地元のコミュニティも解体させられていきますが、長い間に構築され、なお仕事や生活にとって必然性のある農村コミュニティは解体しようがなく、これがナチズム浸透に寄与する部分がありつつ、ナチズムを緩和させ、時には抵抗する機能をも果たしていたことが本書の読みどころのひとつです。

これは村の階層構造についての具体的な説明がないと正確にはわかりにくいのですが、もっともわかりやすい例をいくつか挙げておきます。

ケルレ村にも共産党員はいました。にもかかわらず、ゲシュタポに逮捕された人はいませんでした。村の実力者が、地区のナチ党幹部の息子に対して、父親の立場から「逮捕者を出すな」「さもなければ相続させない」と恫喝したためだそうです。

この父親は村の広場をヒトラー広場という名称にする提案をした人物でもあります。ナチス体制への恭順な姿勢を見せる同じ人物が、一方では「村の安寧」をナチ党より上位に置き、その実現のために「親子の論理」を行使する。

一見矛盾しているように見える行動が共存していて、子どもが大好きなヒトラーが一方で多数の子どもを虐殺したこと、ヒトラーやゲーリングらが世話になったユダヤ人を助けたことにも通じるかもしれない。人間はひとつの論理、ひとつの基準だけで生きているわけではないってことですが、それを矛盾とさえ感じないようにできています。

※Kurt Wagner 『Leben auf dem Lande im Wandel des Industrialisierung』(1986)  本書のもとになった、ケルレ村の調査をまとめたもの。以降、クルト・ヴァグナーという名前が出てきますが、この調査者です。書影が歪んでいるのはもともとです。修正する方法がなんかあるんでしょうけど、そんなソフトをインストールするとパソコンがフリーズするのでスルー。

 

 

ナチスに対抗する村の論理とナチスに迎合する村の論理

 

vivanon_sentenceよくよく考えればこういうことはそう珍しくなく、形を変えてどこにだってあるとも言えます。

ケルレの住民たちは1919年の国政選挙では81パーセントが社会民主党を支持、それ以降も半数以上が社会民主党を支持しながら、村議会では3分の1の議席しかとれなかったことを村の外と中で判断基準が違う例として挙げられているのですが、これも今現在の日本でよくあることです。国政では共産党に入れ、地方議会では自民党に入れる人、あるいはその逆の人もいるでしょう。顔を見知った関係では政党を問わず、個人として信頼できる人、世話になった人に投票するってもんです。

 

 

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