松沢呉一のビバノン・ライフ

あの時間を探す—黄金町残華[4]-[ビバノン循環湯 593]-(松沢呉一)

夜と朝の狭間に生じた稀有な体験—黄金町残華[3]」の続きです。

 

 

 

ナナとモモを探す

 

vivanon_sentenceナナからの電話はなく、こちらが電話番号を教えてもらわなかったことを後悔した。1ヶ月経って、電話がないということは、してくる気がないのだろう。

彼女たちが出勤している可能性の高い土曜日に、また横浜に出かけた。なにかのついでではなく、また2人に会いたかったからだ。「セックスをしたい」というよりも、あのあとの時間の続きをしたい。そのためにはあの時と同じ朝方の方がよかったのかもしれないが、電車が動いている間に帰りたかったので、夜の8時頃に黄金町に着いた。

ピークの時間にはまだ少し早いだろうが、先日とは比較にならないくらい歩いている男たちも店の前に立つ女たちの数も多い。

客の方が立場が強いはずなのに、こちらは1人なのに対して、女たちの視線や声は互いにからみあって、こちらを射抜くような力がある。刺々しくも感じられる視線と声を身に受けながら目的地へと向かう。

彼女たちと出会った店に着いて、2人の顔を探すが、見当たらない。場所を間違えたのだろうか。しかし、横が空き地になり、そこから建物の裏に出ると駐車場になっているロケーションはそのままだ。店名ははっきりとは覚えてなかったのだが、たぶん同じ店名である。

私はその店の前にいた女の子に声をかけた。

「ねえ、ここにナナちゃんとモモちゃんというコはいない?」

「いないよ。ここじゃないよ」

「おかしいなあ。別の日なのかなあ」

「今は私と彼女だけだよ」と店の奥を目で示した。

もう一人のコがこっちを見て微笑みかけてくる。

「場所を間違えているのかなあ」

私は、こちらを見て話を聞いていた隣の店の女のコに顔を向けた。

「ナナちゃんとモモちゃん、知らない?」

彼女はクビを振った。そんなことを言っている場合じゃないが、このコ、きれい。

「いっぱい店があるから、他の店だと思うよ」

「うーん、ありがとう」

私はそこを離れて、さらに歩いたのだが、それらしき店はない。

 

 

プーさんのぬいぐるみで2人が消えたことを実感

 

vivanon_sentence大岡川を渡って、例のコンビニに行って、そこから記憶をもとに辿ってみたが、着いたところはやはりさっきの店である。

「やっぱりここだよ」とさきほどのコに言った。

「じゃあ、私が来る前にいた人たちだよ。もうやめちゃったよ」

「えっ、まだ1ヶ月くらいしか経ってないよ」

「私は2週間前にここに来たから、その前だよ、きっと」

呆然とした。つくづく電話番号を聞かなかったことを悔いた。

しかし、そんなことを言って私を諦めさせて、自分の客にしようとしているのではないかと思って私は隣の子を見た。

それを察してか、彼女も「私も来たばかりだよ」と言う。

「もうその子たちには会えないよ。せっかくだから遊んでいって」と目の前の女が腕をとった。

「これもなんかの縁だよ」と隣の子も笑いながら勧めてくる。いいコンビネーションだ。

そう勧めてくれた隣の子の方が私の好みだったのだが、「じゃあ、これも何かの縁だから、君と遊んでいくよ」というわけにはいくまい。

私の答えを聞く前に、彼女は強い力で私を店に引き入れた。観念した。

2階に上がったら、プーさんのぬいぐるみがある。ここに間違いない。もう彼女らに会えないことをブーさんで確認したのであった。

例に漏れず、すぐに脱ぎだしたため、「おい、まずは金だ」と私は言った。

「あとでいいよ」

「忘れるよ」

「忘れないよ」

「客が忘れることがあるんだよ。その時に、お金のことを言われるのはイヤだから、先にもらってくれた方がいいよ」

「ふーん、そうなんだ」と彼女は金を受け取って、その金を畳の上に置いた。

「ちゃんとしまっておけよ。盗まれるよ」

「そんなお客、いる?」

「いるよ。お金を盗まれたって話をたまに聞く」

「でも、あなたは大丈夫でしょ」と言ってそのままにしている。

私は盗まないが、目の前に万札が置いてあるのでは気分が台無しである。

 

 

next_vivanon

(残り 3965文字/全文: 5619文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ