松沢呉一のビバノン・ライフ

イアン・カーティスもバーナード・サムナーもおそらく実話として読んだ—再度ジョイ・ディヴィジョンと『痛ましきダニエラ』-(松沢呉一)

ジョイ・ディヴィジョンの元ネタにもなったパチモン小説—カ・ツェトニック135633著『痛ましきダニエラ(人形の家)』[9]」の続きです。以下に書いてあるように、この続編をすぐに書いてあったのですが、「ま、いいか」になってしまってました。『痛ましきダニエラ』やイェヒエル・デ・ヌールについて日本語でまとめている人が少ないためか、『痛ましきダニエラ』のシリーズは数は少ないながらもずっと読まれてまして、だったらこれも出しておくかと思い直しました。ボツ復活みたいなもんです。

 

 

ジョイ・ディヴィジョンの時代までは『痛ましきダニエラ』が実話として読まれていた可能性が高い

 

vivanon_sentenceジョイ・ディヴィジョンのファンでも、グループ名の元ネタである、カ・ツェトニック135633ことイェヒエル・デ・ヌールの小説痛ましきダニエラまで読みたいと思う人は極一部でしょうけど、それが千人確実にいれぱ再版されます。事実、1970年代後半以降、いくつかの国で新装版が出ています。バンドのジョイ・ディヴィジョンが契機になっているのではなかろうか。ジョイ・ディヴィジョンはパチモンの拡散に手を貸したわけです。

「痛ましきダニエラ(人形の家)」シリーズにおいて、バンドのジョイ・ディヴィジョンは、この小説にかかわるエピソードのひとつに過ぎないですから、あれ以上調べる気もなく、バンド名として提案したバーナード・サムナー(ジョイ・ディヴィジョン→ニュー・オーダーのギタリスト)は実話としてとらえていたのか否か、イアン・カーティスはどうだったのか、ジョイ・ディヴィジョンにナチスはどう影響していたのかについて少しは気になりながら、あっさり済ませました。

ジョイ・ディヴィジョンはリアルタイムに聴いてましたから、興味がないわけではないですが、あのシリーズでは必要がない。必要がないことに時間や手間をかけるのは無駄。コストの問題です。

でも、あのシリーズを書き終えたら、その興味が浮上してきて検索してみました。

tpwaterという人の以下のブログが、ジョイ・ディヴィジョンの歌詞に見られるナチスの影響について検証していて大いに参考になりました。

 

 

 

 

この人、よく調べているなあ。ここまで調べたところで、読む人は決して多くはないでしょう。「調べれば調べるほど読む人が減る法則」です。それでも個人の探究心として調べないではいられない人。私もテーマによってはそうなります。

痛ましきダニエラ』(『ダニエラの日記』)についても触れていて、このブログの筆者が小説を読んだかどうかは書かれていないですが、おそらく読んでいないでしょう。読んだ方がより良いけれども、ここにおいて読んでいないことは問題なしかと思います。

しかし、その表現の仕方には問題があります。

 

 

いちいち調べることはコストに合わない

 

vivanon_sentenceイスラエルでも、『痛ましきダニエラ』についての批判が広く浸透したのはそう古いことではないため、イギリスでは1970年代でも、この小説は事実をもとにしたものとして扱われていたはずで、イアン・カーティスも実話だと思い込んだまま死んでいった可能性が高そうです。

今の時代にインターネットで丁寧に検索して、実話ではないことがわかったとしても、ここまでは触れない人が多いかと思います。

ドイツのブロガーが、ジョイ・ディヴィジョンのことを書いていて、型通りの紹介をしつつ、実話をもとにしたとの触れ込みは怪しい旨まで軽く書いていました。このブロガーも自分は読んではいないとのこと。とわざわざ書き添えているのは適切です。

私がジョイ・ディヴィジョンに深入りしなかったのと同じく、ジョイ・ディヴィジョンについて書く場合に、バンド名の元ネタにまで深入りしないのはコストの点で当然です。入手するにも手間がかかり、読むだけでも時間がかかります。

定説通りのことを書いておけば落ち着きがいいし、それで「読んでないのか」と突っ込む人もいませんから、読まないことはコストに見合うのです。

 

 

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