松沢呉一のビバノン・ライフ

かまいたち濱家の「クセ」は小学校の頃の私の「症状」と似ている—自分の中の発達障害・人格障害[上]-(松沢呉一)

 

やめられないクセ先生

 

vivanon_sentenceかまいたちチャンネルはよく観ているのですが、この回は爆笑しながら、「あっ」と思いました。

 

 

舞台やテレビの本番前に顔の筋肉を動かす人は、多くはないでしょうが、それなりにはいそう。アナウンサーでもそういう人がいたと記憶します。なめらかな表情が出るようにするだけでなく、滑舌がよくなりそうな気がするのは理解できます。

その目的が明確に自覚されている限りは「クセ」とはまた少し違いますが、目的を離れてやるようになると「クセ」。

また、車に乗ってる時に段差の振動に足を合わせるのはクセと言っていいとして、レンガの道で踏む場所を決めておくのや、右左左右左右右左とやるのはクセとは違うでしょう。

クセは無意識のうちに出るもの。貧乏ゆすりを典型とし、「気づくと爪を噛んでいる」「照れくさい時に痒くもないのに小指の爪で鼻を掻く」「手持ち無沙汰になるとペンをくるくる回す」みたいなものです。「人の輪郭をなぞる」は思わずやっていることでしょうから、クセの範疇。

対してレンガと右左左右左右右左は、本人が言っているようにルールです。極私的ルール。意味がないことはわかっているのだけれど、一度決めたルールを守らないではいられず、そうしないと死にます。つまり、これは私が子どもの頃によくやっていた強迫性人格障害の儀式と同じタイプのものです。おそらく(私の強迫性人格障害は自己診断でしかなく、人格障害じゃなくても、このようなルールを作る人はいるでしょう)

これがクセと化していくこともあるとして、そこに至るまではまるで違うものです。

 

 

左右対称の強迫観念

 

vivanon_sentenceレンガの道のルールは私も似たことをやってました。あそこまで位置を狭めるわけではなく、個数だったりします。「3個ごとに踏む。他のレンガを踏むと死ぬ」といった具合。横断歩道の白い部分を歩くというのもありました。これはただの遊びとしてやっていた人が多いかも。ケンケンパみたいな。私も遊びのふりをして、その実、死の恐怖から逃れる儀式でした。

左右均等ルールもすんごいよくわかります。足を叩くのではないのですが、夜寝る前の儀式で、私も左右均等ルールを導入してました。右に3回回ったら、必ず反対周りで均等にしておかないと死ぬ。

私はなかったですが、物を完全に左右対称にしておかないと落ち着かない強迫観念の人もいそう。と思って検索したら、案の定、出てました

 

くどうメンタルクリニック関内

 

数字のこだわりもありました。「ここで3回回る」という出方をすることもありましたし、一人でサイコロやトランプをやっていても、このルールが出現することがあって、「決めた数字が出ないと死ぬ」というルールにしたために、その数字が出るまでやめられなくなったり。

私自身がそうであるように、大きくなるに連れて症状は軽くなって、まるっきり出なくなる人も多いと思うのですが、そうする必然性がなくなっても、こういった行動が大人になるまで残っている人もいそう。私もものによっては残っていて、残っているということは、なお強迫性人格障害の傾向も続いているってことじゃないかと思ったりしますが、こういうもんはとくに支障がなければ病気だの障害だのと言う必要もない。

 

 

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