松沢呉一のビバノン・ライフ

お嬢様・平塚らいてうらと野生児・伊藤野枝—井手文子著『自由 それは私自身』を40年ぶりに再読した[1]-(松沢呉一)

 

岩野泡鳴による正しいアマゾネスの理解

 

vivanon_sentence岩野泡鳴著男女と貞操問題 : 僕の別居事実と自由恋愛論』にアマゾネス(アマゾン)について触れた文章があって、田嶋陽子著『愛という名の支配』を褒めたり貶したり貶したり」シリーズのどっかに入れ込もうと思ったのですが、どこにも入れようがなかったので、改めてここで引用しておきます。

 

男子は種を播き、女子は子を産むことになってるから、それでもう、両性の問題は解決したかのやうに思ってるお粗末な楽天家等が男女交際両方の社会に多くある。然し男女は—殊に、近代的な男女は—-他にいろんな問題が複雑して来たから、必ず結婚するとはきまってゐない。よしんば結婚したからッても、かかる男女は子供のことばかりで仕事がかッきり分れてしまうものではない。従って、子供若しくは生殖作用ばかりで男女の問題が根本的に定まるべきものではない。

また、生理上から体力、脳力、若しくは感情に相違があるから、そこにおのづから左右することの出来ぬ制限があると云ふものがある。か(おそらく「が」の誤植)、これも五十歩百歩の程度問題に過ぎぬ。神功皇后や常磐御前やアマゾンの如き女軍人は、男子の勇者でさへ手こずったではないか? 外国の諸大学でも女子の成績は男子のに比して一概に悪いと云ふが如きは、わが国人の先入見を以って視察して来たもの等の独断に過ぎぬ。わが東北大学に於て女子の入学者がたッた三四名あったに対して、直ちにその男子との比較をかれこれ云ってるものがあるのはまだ早過ぎるが、それでさへ一体男性よりも優った成績を見せてゐるのがあると云ふではないか? また、かの平塚明子氏や岩野清子氏だけの頭脳を持ってる男子が、単純な法律や形式思想ばかりで困った(「困った」でも通じますが、「固まった」の誤植か?)社会や、技巧のみを取り扱ってる芸術家の間に、何程発見できようぞ?

 

岩野清子は青踏社の社員で岩野泡鳴の妻です。実際、優秀な人だったらしい。

東北大学云々というのは、帝大で初めて女子の入学を認めたことを指します。

アマゾネスを「女軍人」としていて、体力、脳力、感情のどれをとっても男と女は五十歩百歩で大差ないのだと言ってます。普遍主義に基づく男女同権論です。田嶋陽子よりこっちに私は同意します。田嶋陽子はアマゾネスを持ち出しながら、「男子は種を播き、女子は子を産むことになってる」という考え方を披露してしまっているのが謎です。

岩野泡鳴は天晴だなと最近改めて思うことがありました。

 

 

社会に目覚めた伊藤野枝

 

vivanon_sentence私が伊藤野枝の全体像を把握したのは井手文子による伊藤野枝評伝『自由 それは私自身』でした。大学の時に読んだのだと思います。

この本は手放さずに今も持っていて、先日たまたま見つけたので、40年ぶりに再読してみました。今まで書いてきたことと大いにかぶるのですが、私にとっては重要なきっかけとなった本ですので、改めて取り上げておきます。

タイトルの「自由 それは私自身」はスペインの劇作家であり、詩人であったガルシア・ロルカの作中で、女の主人公が刑場に引かれていく時に口にするセリフだそうです。そのガルシア・ロルカはスペイン内戦時にフランコ軍に銃殺されています。なんて話はまるで覚えておらず、てっきり伊藤野枝の言葉だと思いこんでました。

伊藤野枝に相応しい言葉ではありますが、評伝のタイトルとしては本人の言葉の方がよかったように思います。帯にある「吹けよ 荒れよ 嵐よ 風よ」は伊藤野枝の言葉ですから、この方がいい。ピンクフロイドみたいな。

1979年に出たもので、この頃には伊藤野枝を直接知る人にも取材が可能だったのだなあと当たり前のことに感心したりしました。当時私は大学生ですから、私も会おうとすれば会えたのです。

この本に書かれていることの大半は「私がもうわかっていること」でした。この本で読んだのを記憶しているところもなくはないですが、それ以上に、その後読んだものから吸収しています。

ただ細部においては「わかっていないこと」も多々ありました。「忘れていた」ってことです。

このところ何度か、伊藤野枝は、「青鞜」に集まった人々が奮闘するそれぞれの問題は「私のテーマ」であり、その向こう側に「社会のテーマ」が大きく横たわっていることを意識するようになっていった旨を書いてましたが、これを意識した瞬間のことは伊藤野枝自身が文章にしています。この文章までは覚えてませんでした。

 

 

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