松沢呉一のビバノン・ライフ

子どもの頃持病だった扁桃腺炎で繰り返し高熱が出るようになった—もしHIVに感染していたら[1]-ビバノン循環湯 602]-(松沢呉一)

このところ、副鼻腔炎についてずっと書いていたじゃないですか。あの中に扁桃腺炎が出てきました。そういえば20年くらい前に、扁桃腺が繰り返し腫れたことがありました。子どもの頃の持病の再発です。それがきっかけでHIVに感染したかもと思い始め、その顛末を書いたことがあったと思い出しました。これをまとめておいたのは、HIVの検査にたまには行っておいた方がいいと伝えたかったためです。

新型コロナでもそうですが、「自分が感染するはずがない」と思っている人と、「感染することもある」とシミュレーションしている人ではいざ感染した時の対応は全然違うはず。新型コロナについても私は後者であり、感染しても慌てない自信があります。また、「感染することもある」と思っている人の方が感染を避ける行動をとるでしょう。何事もじっくり時間をかけてシミュレーションした方がいいと思います。

ということを伝えたかっただけでなく、読み直したら、これを契機に続けて知人たちからHIV感染者についての話を聞いて、それを伝えたかったからでもありました。今読んでもビックリする内容です。

2000年頃にメルマガに書いたものだと思います。

図版は感染症に限らず、病気を描いた絵画を集めてみました。

 

 

扁桃腺炎とのつきあい

 

vivanon_sentence黒子の部屋」(当時ポット出版でやっていたブログみたいなもん)にもそのたび書いていたように、昨年の春頃からしばしば扁桃腺を腫らしては寝込むようになった。ガキの頃は扁桃腺炎が持病で、小学校の半ばまで少なくとも月に一度は喉を腫らして3日ほど学校を休んでいて、クラスでもっとも欠席が多いグループに属する生徒だった。年間30日以上休んでいたんじゃないだろうか。

本が好きになったのは、扁桃腺炎によるところが大きい。熱が下がってくると、学校は行けずとも、本くらいは読めるようになる。学校を休むと親は妙に優しくなって、ねだった本を無条件に買ってくれる。当時はバナナがまだ高級品だったのだが、これも買ってきてくれる。

そのため、学校を休んでいる後ろめたさや、「どうせボクは長生きできはしないんだろう」などといった悲観とともに、本やバナナを買ってもらえること、本をたっぷり読めることを半ば楽しみにもしていたものだ。扁桃腺ごときで長生きではないとは大げさなようだが、心臓も弱くて、プールに入ることを禁じられていた虚弱児童だったのである。

小学校1年の時に、扁桃腺の手術をするという話もあった。いくら慣れても病院に行くことは苦痛で、待合室の壁にあったウンコの見本を見るだけで気持ち悪くなってきて、その場で吐いたこともある。

この見本は病気の各種ウンコを見分けるためのものだ。親が見るのはいいとして、子どもにとって緑色のウンコは心に傷を残しかねないため、ああいうものを置かない方がいいのではなかろうか。古道具屋に売られていたら、今の私だったら買いかねないわけだが。

そんな私にとって、よくはわからないながらも、「手術」という言葉は重苦しい響きを伴っていて、「きっと失敗して死んでしまうに違いない」と確信していた。

しかし、北海道の田舎町だったため、そこでは手術ができず、札幌か東京まで行く必要がある。医者に「大きくなると出なくなることもあるので、しばらく様子を見ましょう」と言われ、手術という怖ろしげなものから逃れることができた。もし都会に住んでいたのなら、間違いなく私は手術をしていたのだろうし、そのくらいに私の扁桃腺炎はひどかった。

虚弱体質を克服すべく、小学校半ばから近くの警察学校に剣道を習いに行き、剣道のない日は毎日のように野球に興ずるようになった。虚弱ではあっても、運動神経が鈍かったわけではないため、体育が得意課目となるのにそうは時間はかからなかった。

そうこうするうち、医者の言う通り扁桃腺が腫れる頻度が落ちてきて、中学に入ると、ほとんど休むことはなくなった。

心臓も問題がなくなって、プールは小学校4年の時に初めて入ることができたのだが、北海道では水泳の授業がほとんどない。夏が短いからだ。今はどうかわからないが、プールのある小学校自体が少なくて、そういう学校では、ひと夏に二度か三度、プールのある学校まで出かけていっての授業があっただけだから、泳げなくてもさしたる問題はない。

泳げるようになったのは愛知県に引っ越した中学三年のことだ。本州では一ヶ月やそこらは水泳の授業が続くため、泳げないわけにはいかない。特訓のかいあって、この夏のうちには平均以上に泳げるようになっていた。

※Edvard Munch「The Sick Child」(1927) 「病気を描いた絵画」で検索すると、ゴッホやムンクの作品が上位に出ます。自らの狂気を描いたってことですが、ムンクは同時に「病気の子ども」というモチーフを繰り返し絵にしています。妹が結核によって15歳で亡くなっているためです。

 

 

扁桃腺炎が復活

 

vivanon_sentenceもちろんその後も風邪で喉が腫れるくらいのことはあったのだが、小学校の時のようにひどい高熱で苦しむことはなく、扁桃腺炎は完全に克服したと思っていたのである。

なのに昨年から頻繁に腫れるようになった。最初は「最近の風邪は喉に来て高熱が出るよ」と言われていて、それに相違ないと思っていたのだが、そのまま慢性化した。その症状は小学校の時と一緒である。「今頃になって出てくるとは約束が違う」との怨みもあるが、懐かしいと言えなくもない。

こうして四十代半ばに、子供の頃と同様の若さを取り戻したわけだ。なんてわけはなく、やっぱり体力、抵抗力が歳とともに落ちているんだろう。

経験者はご存じのように、扁桃腺炎は喉が痛くなるだけじゃなく、必ず高熱が出る。体温を計らない主義のため、正確にはわからないのだが、たぶんガキの頃と同様に39度台の熱が出ているのだと想像できる。

ちょっとした風邪なら無理もできるが、扁桃腺が腫れると気力や根性ごときでは太刀打ちできず、丸2日はまったく使い物にならない。私が体温を計らないのは、熱が出ていることを知ると寝込むためだが、ここまでの熱が出ていると、体温を計らなくても寝込むしかないのである。

そのあと1日から2日は体調が戻らず、その間は外出を控えて、家から出ない。原稿を書くくらいがせいぜいで、当然仕事にも支障をきたして、取材をキャンセルしたり、締切を伸ばしてもらったことも何度かあった。

喉が痛くてメシも食えず、そもそも熱のために食欲もなくなり、1日でパン一個とか、オニギリひとつという状態になる。喉の痛みで飲み物さえ通らないのだが、熱のために汗をかくので喉が渇き、ジュースの類を無理矢理流し込む。

 

 

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