松沢呉一のビバノン・ライフ

将也の姉をヤリマンという設定にした理由—公開から6年経って観たアニメ「聲の形」[とりこぼし編 下]-(松沢呉一)

石田将也ADHD説—公開から6年経って観たアニメ「聲の形」[とりこぼし編 上]」の続きです。

 

 

謎に包まれた将也の姉

 

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アニメを観た多くの人が将也の姉に興味を抱くはず。マリアの母です。

将也が高校3年になる頃に、姉が家を出るカットがあります。一瞬下半身が見えるだけ。マリアは「ママ、行ってらっしゃい」と明るく手を振っていて、もう慣れているのだと思われます。

アニメの最後の最後で夫婦は家に帰ってきましたが、半年程度不在だったはずです。夫婦は子どもを置いてどこに行っていたのか。姉夫婦も学園祭に来ていたのですが、姉は顔を見せてません。下の名前も出てきません。なぜ?

姉については、原作でも不思議な扱いになっています。原作で明らかにされているのは、夫はブラジル人で、名前はペドロ。姉の名前や顔は原作でもわかりません。説明されているのは、姉はヤリマンである(あった)ことです。

将也が小学6年の時に姉は高校生と思われます。5歳違いとして高校2年生。部屋に彼氏をとっかえひっかえ連れ込んでいて、将也がカウントできている範囲でその数30人(姉自身が言っていた数字かもしれない)。1回こっきりのも多数いそうです。その時点での最新の彼氏が無職のペドロです。

おそらくこの3年後、将也が中学3年くらいの時に姉はマリアを出産。

説明されているのはこれだけ。

 

 

なぜあのような扱いになったのかを推測する

 

vivanon_sentence子どもを置いて夫婦が不在だった理由は原作でも説明されていないのですが、夫婦住み込みでどこかの工場で働いていたのかも。安く入れる寮は子ども不可で、アパートを借りるとしても、工場には託児所がないとか。

原作では、他の人は詳細に記述されているのに、親族の姉の扱いがあれなのは解せない。将也の物語に直接関わって来ないからかもしれないですが、顔くらい出してもいいのに。

なぜこうしたのかもわからないのですが、「少年マガジン」の連載だった ことに関わっているのか?。やりまくっている頃の姉は制服のまま床に寝そべっていて、その足だけが描かれており、男はベッドの上にいて将也に挨拶をします。セックスをしたあとであることを想像させますが、セックス描写があるわけではない。

少年誌としてはこれが限界か。構図上、顔までは描けず、これがそのまま姉の表現として定着してしまって、最後に顔を出しても、「誰だよ」になるため、一切出さなかったのではなかろうか。なお、ペドロは「彼氏」の段階で顔を出しています。

それにしても、なぜ姉をヤリマンという設定にしたのでしょうか。

※顔を直視できなかった将也が上を向くラストシーンでも、姉の顔は伏せられています。あくまで表現側の事情ですが、「将也が顔を上げたんだから、ねえちゃんも上げろ」と思ったりします。

 

 

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