松沢呉一のビバノン・ライフ

今後日本でも性行動・性表現を規制したい勢力が勢いづきそう—道徳の法制化が進む[下]-(松沢呉一)

道徳の実現のために子どもを利用する人々—道徳の法制化が進む世界[中]」の続きです。

 

 

日本の道徳強化の動き

 

vivanon_sentence

数日前に電話で知人とダベッている時に、性表現を潰したがる、主に糞が頭につくタイプのフェミニストの話題になりました。フェミニストではない人たちでも当然いますが、たいてい宗教家や道徳家。宗教や道徳こそが女の生き方を狭めてきたことはイランを見ればよくわかりましょう。それにフェミニストが同調しちゃいかんでしょ。こういう人たちは宗教警察、道徳警察と名乗るべきです。

この電話で私は例題として、ロシアの「同性愛プロパガンダ禁止法」を持ち出しました。この法律は性表現を規制したがる人たちが好む「子どもが見たらどうする」という論理を法律にしたものです。

「子どもが見たらどうする」という論で広く性表現を規制するのであれば、必然的にLBGT表現をも規制することになります。それも性表現ですから。なぜACT UPを筆頭としたLBGT団体がヘテロの性表現(ポルノを含む)までを守ろうとするのかの意味をいっぺん考えた方がいいと思います。

子どもが歩いている可能性がありますから、公道でのプライドパレードは違法。同性同士のキスや抱擁を子どもが見るかもしれないところでやるのは違法。深夜だったらいいとして。たいていの先進国では異性愛者でも同性愛者でもキスくらいじゃ捕まらないのに、ロシアで同性がキスすることは違法。

LGBTを表現した小説、映画、テレビドラマは違法。深夜番組でも子どもを持ち出す人がいるのでテレビは時間帯を問わず違法(この人や、衛星放送の深夜枠の番組まで白昼に引っ張り出して批判した連中の狂い方はロシアと同じ)。誰でもアクセス可能なSNSでの表現も違法。

「LGBTは除外」なんて自分勝手な解釈は通用しません。むしろそれこそに不快感を強く感じる人たちがいるのですから、ヘテロ表現以上にLGBT表現は規制されていきます。

✳︎2022年12月7日付「VOA」インドネシア版 「インドネシアの婚姻外セックス禁止法についての補足—国内外の批判の高まり」に書きましたが、毎年100万人の観光客がバリ島に行っているオーストラリアの政府は、これでは安心して観光もできないというので、「基準を出せ」と要求したことはこの記事で知りました。

 

 

当事者無謬論の誤り

 

vivanon_sentenceこれに対して、「自分自身のことを表明するのは肯定される」という論があるとその電話で聞きました。「性表現は規制されていいが、同性愛者が自分自身の性を表現することは規制されるべきではない。よってプライドパレードはいい」ということです。

「ゲイがホモやオカマを使うのはいいが、非当事者が使うのはNG」という主張の延長ですが、これについても私は繰り返し批判しています。

「当事者性」については今まで何度か書いていますが、あるテーマにおいて当事者である人たちは優先的に発言する資格があります。その内容も、当事者と非当事者とを比較して、当事者の発言に説得力を感じるのも当然。しかし、どんな内容であってもつねに当事者が正しいはずはなく、当事者だって嘘つきはいますし、間違いをしますから、結局のところ、一つ一つ検討するしかない。

例えば「生産性のないホモは殺せ」という言葉は発言者がゲイであっても差別的であり、ヘイトスピーチたり得ます。当事者であることは絶対的な免罪の指針にはならないのです。

判断が難しい場合に、「差別的な用法ではない可能性を類推できる」程度のことが言えるだけです。同性愛者が使っても差別表現にならない言葉は、異性愛者が使っても差別表現にならない余地があります。より丁寧な説明が必要になるとしても。

あるいは「当事者は除外する」という主張は、「搾取か否か」という論が根拠かもしれない。確かに当事者であれば自身を商品化しても搾取にはならない。

たとえば先進国の放送局がアフリカ大陸でペンとノートみたいなものをお礼として渡して、伝統音楽をレコーディングさせてもらって放送し、さらにはレコードにして発売するような行為がかつてはよくあって、これは不当な搾取と言っていい。その点、演奏している地元の人たちが録音してレコード化しても搾取にはならない。

しかし、ここで問題なのは、「当事者か否か」ではなく、「正当な手続きを経て、正当な報酬を支払っているか」です。よって、非当事者が、何に使うのかを一人一人に説明し、音源を買い取って、トータルで数千ドル相当のギャラを支払ったなら問題はない。

逆に同じ部族の人間であっても、祭りの際にこっそり録音したもので一儲けするのは不当。

ここんところを整理しないまま、今度は、アフリカ音楽を先進国のミュージシャンが演奏することまでを搾取と言いたがる人が出てきます。だったら、ゴーギャンがタヒチの人々や風景をモチーフにしたのは搾取か? ゴッホが浮世絵からインスパイアされた作品を描いたのは搾取か?

伝統的な音楽を歌う人たち、演奏する人たちだって、先人の蓄積に乗っているのであって、誰もが先人から搾取していると言えます。

正当に使う分には他の場所の文化や風習を真似ていい。何を真似したかがわかるようにした方がより良いですが。

✳︎2022年11月25日付「Завтра」 比較的詳しく改正法について解説しているロシア・メディア「ザヴトラ」より。「ザヴトラ」は1990年代に創刊された雑誌で、政府系ではなく、独立系と言うべきメディアですが、リベラルとは言いがたく、「保守的左翼メディア」といったところ。同性愛プロパガンダ禁止法についてもなんら疑義を挟むことなく肯定的に取り上げています。

 

 

next_vivanon

(残り 1886文字/全文: 4233文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ