松沢呉一のビバノン・ライフ

「役に立つ馬鹿(useful idiot/noderīgie idioti)」という用語について—ロシアを脱出したTVレインがまたも存続の危機[付録編]-(松沢呉一)

ロシアを脱出したTVレインがまたも存続の危機」の付録編です。

 

 

ラトビア・メディアでTVレインはどう扱われているか

 

vivanon_sentenceTVレインの件をラトビアのメディアや個人がどう扱っているのかを知りたくて、あれこれ読んでいます。擁護派も批判派も中立派もいます。擁護派の主張は想像できる範囲なのに対して、同意するかどうかは別にして。批判派の言い分の方が私にとって新鮮で、追々「ロシアを脱出したTVレインがまたも存続の危機」シリーズで取り上げていきますが、別枠にした方がいいと判断したものがあります。2022年12月10日付「Delfi」掲載「Noderīgie idioti, liberālā Maskava un Kremļa palīgi」です。タイトルは「役に立つ馬鹿、モスクワとクレムリンのリベラルな助手」といった意味です。

これは署名原稿で、筆者はラトビア大学の講師、かつ東欧政策研究センターの委託研究員であるアンディス・クドルスという人物です。専門はロシアの政治。

この原稿は同日に複数の媒体に掲載されているのですが、一部内容が違っていて、ここではリンク先の「Delfi」を使います。

この文章の冒頭は、タイトルにも入っている「役に立つ馬鹿」の解説です。ラトビア語でnoderīgie idioti。英語でuseful idiot。

これはレーニンの言葉であると説明し、しかし、それに対しては異論も出ているとも説明されています。レーニンがそのようなことを書いた記録も言った記録もないらしく、ゲッベルスの架空の名言「嘘も百回言えば真実になる」と似たようなものか。「レーニンはきっと役に立つ馬鹿と喜んでいるだろう」といった文章が、いつの間にか「レーニンが言った」ということになったのだろうと想像します。

Wikipediaによると、記録が残っているもっとも古い使用例は、1948年のイタリアの雑誌で、同年中に「ニューヨークタイムズ」が紹介して英語圏でもあっという間に広がります。「こういう人たちっているよね」と皆が思っていた存在につける名称として格好の言葉だったのでありましょう。

その存在は「自分にはそういう自覚がないまま、悪意の政府や個人に寄与してしまうような団体や個人」です。その当時もそれ以降ももっぱらソ連のからみで使われます。今はロシア。ソ連の時代であれ、今であれ、「役に立つ馬鹿」と言われるのはもっぱら左翼やリベラルです。

 

 

現代の「役に立つ馬鹿」

 

vivanon_sentenceこの説明に続いて、おもにラトビアを舞台にした「役に立つ馬鹿」を具体的に取り上げてますが、ラトビア語の自動翻訳であり、ラトビアの事情が全然わからんので省略するとして、一つだけ具体例を挙げておきます。ラトビアとは関係なく、英国労働党の元党首であり、現在も議員であるジェレミー・コービン「NATO 拡大にノー!」「NATO 拡大に反対!」「ウクライナの平和への本当の道」「ウクライナへの武器の供給は止めなければならない!」と主張しているとあります。

一般論として成立する「戦争はいけない」という論をウクライナやウクライナを支援する側に一方的に求めるのは無理ってもんです。ウクライナとロシアに等しく求めるのもおかしい。ロシアに対して、「侵略をやめろ」「民間施設への攻撃をやめろ」「民間人の虐殺をやめろ」「略奪をやめろ」「嘘をつくな」と抗議を100回くらいやってから、ウクライナの問題点を指摘するのはバランスが適切ですが、「そもそもロシアが始め、今もロシアがウクライナに一方的に侵攻している」という点をすっとばして、あたかもロシアとウクライナが対等のように扱うべきではありません。

ジェレミー・コービンがどうか知らないですが、こういう人たちは「私だってロシアの侵攻には反対だ」と枕で言って、ロシアに対してはそれしか触れない。しかし、ウクライナを100回批判します。逆だべ。

日本でも侵攻が始まって間もなく、「ウクライナは和平交渉に応じるべき」と主張する人たちがいました(私は直接そういう人を確認していないですが)。これについては「ホロモドールを思い返せ」と私は書きました。停戦すればロシアがクリミアや東部を支配してる状態を固定してしまい、なおかつロシアは数年後にまた侵攻しますし、完全支配したのちには小麦を合法的に奪っていき、ウクライナ人は餓死します。この状態で停戦するのは侵攻したロシアに圧倒的有利であり、侵略してすぐに和平交渉に持ち込む手法を使う国家が続出します。中国とか。

「役に立つ馬鹿」は過去を知らず、現状認識ができておらず、未来も見据えられない人たちだろうと思います。

 

 

next_vivanon

(残り 1855文字/全文: 3791文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ