松沢呉一のビバノン・ライフ

道徳団体と婦人運動を峻別した時代から、矯風会とフェミニズムを同視する時代への堕落—Colabo✖️暇空茜[傍流編27]-(松沢呉一)-[無料記事]

「どうして女の子だけ?」という当然の疑問—Colabo×暇空茜[傍流編26]」の続きです。

 

 

道徳規範に媚びた「フェミニスト」、仁藤夢乃

 

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自称フェミニストの大半はわかっていないでしょうから、「どこからどう日本のフェミニズムは道徳規範と合体したのか」についてまとめておきます。つっても、これまで「ビバノン」で書いてきたことの繰り返しなので、読んでいる人は飛ばしていいです。Colabo問題とは離れる傍流編なので、読んでない人も飛ばしていいです。こんなことをわかっていなくても、不正疑惑の追及はできますので。

そういう内容なので、今回は長いですが、一度に出します。

エコーニュース」の「一般社団法人Colaboの分析(12)仁藤夢乃氏の削除したツイッターアカウントと投稿内容で見るコラボ・・AKBを踊りアニメファンで下ネタ好きの意外な素顔」「一般社団法人Colaboの分析(14)ノンポリ風の「お姉さん」が、反基地フェミニストへ向かう過程のツイート像」によると、それまで下ネタ大好き、アニメ大好きだった仁藤夢乃が今の路線に転換するの2冊目の著書『女子高生の裏社会~「関係性の貧困」に生きる少女たち』(2014年8月)を出す前のことのようです。

私はこれまで積極的に仁藤夢乃という人物に強い関心を持ったことがなかったので、細かなことはわからないながら、思想的転換というより、ニーズのあるキャラ設定に転換したように見えます。「金になる」という意味でのニーズです。

そのニーズに応えるべく、女子高生売春の街・秋葉原を捏造し、今まで着目されることのなかった新しい「若年層の性売買の地」を創出することに成功し(ほぼ虚構ですが)、これに食いついたのが矯風会や救世軍だったという流れでしょう。役割を終えた婦人保護事業の食い扶持確保のために、仁藤夢乃の存在は願ったり叶ったり。

秋葉原についての虚言が叩かれたすぐ後で矯風会が講演会を主催して、利用し合う関係を作り出していきます。

宗教道徳団体に接近しただけでなく、世間一般に浸透している規範と合致したことが、彼女とColaboのその後を決定づけていきます。つまりは「女子供バイアス」に乗って、「無能で無力な哀れな少女を救う」という世間一般にある道徳と合致したわけです。

Colaboに対しても、「活動はいいけど、不正会計はまずい」と言っている人たちが多数います。一方で、「必要なのか否かを最初から検討し直すべし」と主張している人たち、あるいは「なぜ女性だけなのか」という疑問を呈している人たちもいて、私も必要性がフレームアップされていると思っていますが、「無能で無力な女の救済」は無条件にいいことなのだと受け取る人たちが一定数いるのだと思います。

「女は無能で無力だから、子どもと同じく社会は救済しなければならない」というのがこの社会の伝統的道徳規範ですから、そうなるのは当然ではありますが、フェミニストを自称する人がこれに乗っかって、過剰に被害者ぶることにはどうしても納得できないものがあります。フェミニズムと道徳規範は相容れないことは、歴史的経緯を確認するとよくわかろうかと思います。

 

 

「同胞姉妹に告ぐ」から遠く離れて

 

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女が政治の領域で公然と演説をすることが法で禁じられるまで、自由民権運動の時代は女の弁士が活躍し、その中で男女平等論が唱えられて行ったのだろうと想像できます。これを文章の形で最初に著したのは、岸田俊子(岸田湘煙)でした。彼女も弁士として絶大な人気のあった人であり、のちの婦人運動に大きな影響を与えました。

岸田俊子の「同胞姉妹に告ぐ」(1884)は、原則的な男女平等論であり、フェミニズムの大前提になるような内容として、今でも多くの人が賛同できましょう。

「同胞姉妹に告ぐ」の翌年、福沢諭吉の日本婦人論が発表されます。こうして日本でも男女平等思想が広がって、「同胞姉妹に告ぐ」から四半世紀ほどのちに平塚らいてうが登場します。

繰り返し書いているように、平塚らいてうの評価は「どこを見るか」で大きく違ってきて、「青鞜」を創刊したことは褒め称えることができますが、ナチスばりの優生思想の持ち主だったことはいただけない。岸田俊子からずいぶん時間が経っているのに、思想的にはあまりに中途半端であり、道徳へのアプローチが時折顔を覗かせます(この辺については「平塚らいてうの優生思想」シリーズを参照のこと)。

その平塚らいてうでも、矯風会のような宗教道徳団体と同一視されることを強く否定し、罵倒と言っていい語調で矯風会を批判しています。当然です。道徳こそが自分らを縛りつけてきたわけですから。

しかし、平塚らいてうは、性の領域までも国家が管理することを求め、この点では国家主義が匂います。個人主義の強い与謝野晶子はこれを受け入れられず、矯風会と変わらないと平塚らいてうらを批判。

残念ながら、これ以降、婦人運動は、平塚らいてう路線、つまり道徳との接近を強めていきます。

 

 

国家主義者に先導された婦人参政権運動

 

vivanon_sentence今でこそ、婦人参政権獲得は、婦人運動の成果として単調にとらえる人たちが多いかと思いますが、戦前の婦選運動は、矯風会のようなキリスト教道徳団体やその道徳を共有する女流教育家などもそれぞれの立場から関与し、ある時期からは女子医の創設者である吉岡彌生がリードしました。ナチスを礼賛し、日本が大陸に侵攻することを肯定していたゴリゴリの国家主義者です(それでも私は吉岡彌生を全否定はできないのですが。吉岡彌生の著書まで読んでいる人は少ないでしょうから、この辺から始まる吉岡彌生の生き様や思想について読んでおくと国家主義者による婦人参政権運動が少しは理解できるかと思います)。

他の国家主義者にも見られる考え方ですが、強い国家を建設するためには国民をフル活用した方がよく、女も社会貢献した方がいいと吉岡彌生は考えていました。ある部分をとりだすと、男女平等を目指しているようですが、彼女自身、男女平等論を否定し、「青鞜」も小馬鹿にしています(読んではいたようです)。個別の男女が平等であることを目指していたのではなく、あくまで国家が基準であり、国家という基準でそう判断できたなら、女の権利を剥奪することも厭わなかったでしょう。

また、戦前の矯風会は軍部に協力し、太平洋戦争時は百人町の建物を陸軍に提供し、彼らもまた国家主義化していきました。これらの動きは男女平等とは無関係です。

このように戦前から、道徳運動と婦人運動とは接点があったわけですが、戦後この両者は合体と言っていい状態になっていきます。売防法においては両者は垣根をなくして行って、自称フェミニストが道徳規範を振りかざして、「無能で無力な女の救済」を求めるようになっていきます。かつて平塚らいてうが道徳規範に対して抱いていた警戒心はもはや微塵もなし。

そして現在に至ります。

✳︎先日通りかかった時に撮った矯風会。闇の組織(笑)

 

 

「女は国会議員になっても子育てをやれ」というメッセージ

 

vivanon_sentenceここ数年で、伝統的道徳とフェミニズムが合体したことをイヤというほど実感したのは、「金子恵美衆議院議員の公用車問題」です。このシリーズで書いたように、国会議員はそこそこ高い報酬を得ているのですから、ベビーシッターなり運転手なりを雇えばいい。あるいは夫の宮崎謙介は暇をしていたはずですから、託児所までの送り迎えくらいやらせればよかったのです。

なのに、フェミニストたちは、法に反して公用車を使用したことを肯定して、金子恵美議員(当時)を擁護しました。「女は議員になっても、自身で子育てをしなければならない。法に反してでも」というメッセージを日本国中に広めました。対して私と同じようなことを言っているフェミニストはほとんどいなかったのではなかろうか。

日本のフェミニストはこんなもん。このくらいに道徳を内面化し、それを克服できていない。女の役割は育児だと信じて疑ってないのです。だったら、外に出るなよ。議員になんてなるなよ。家で育児をやっとけ。

ほとんど同じ時期、Colabo関係や韓国・正義連との関係でやたらと名前が出る北原みのりが、編著本『日本のフェミニズム』を出します。この本は、矯風会をフェミニズムの歴史に位置づける暴挙と言っていい内容です。

平塚らいてうや与謝野晶子、伊藤野枝らが矯風会をどう見ていたのか知らないわけでもあるまいに。北原みのりだと知らないかもしれないけれど、単なる無知がなしたものではなく、フェミニストを自称する人々と宗教道徳団体が手を握ることの正当化をしたかったのではなかろうか。そんなことをしなくても、公用車問題を見ればわかるように、実質日本のフェミニストの多くは道徳を保持し、その綻びを保全する集団ですけどね。

この本を出したのは河出書房です。内実は道徳主義者の偽装フェミニストは、朝日新聞社や週刊金曜日がお好きなのですが、この腐れチームに河出書房も加わりました。

 

 

フェミニストを偽装した道徳家たち

 

vivanon_sentence現実の歴史はどうだったのかについては以前、「ビバノン」で書いた「矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」シリーズを参照のこと。

長いので、わかりにくいかと思いますが、以下の4つのパートからなります。

 

廃娼編「日本民族の恥だから売春する女を許せなかった久布白落実—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」〜

禁酒編「矯風会の始まりは婦人禁酒会—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」〜

婦人参政権編「矯風会が婦人参政権を求めたのは男女平等が目的ではなかった

大政翼賛編「ファシズム団体としての矯風会—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」〜

 

今こそ歴史を語りたい—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ[序章]」で書いているように、表層を取り出すと似ているところがあるだけで矯風会をフェミニズムにカウントしていいのであれば、独ナチ党や伊・国家ファシスト党もフェミニズムになります。

フェミニズムたり得るには何が必要なのかを平塚らいてうや与謝野晶子の時代は理解されていたのだと思うのですが、それがまったく見えなくなってしまっています。仁藤夢乃や北原みのりのようなフェミニストを偽装した道徳家については、岸田俊子や与謝野晶子、伊藤野枝を引き継ぐフェミニストたちこそが思い切り叩くべきだと思います。どんだけいるか知らんけど。

 

 

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