松沢呉一のビバノン・ライフ

次回の「月刊 生き違い新聞」の前に説明しておく—「なぜ警察に行かなかったのか」と言いたがる人々に欠けている認識-(松沢呉一)

 

同僚や友人と喧嘩になって殴られた時に警察に行くかどうか

 

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もう明後日なんですね。

 

 

中居正広の件でも、松本人志の件でも、伊東純也の件でも、TKO木下の件でも、被害を訴える人たちに、「どうしてすぐに警察に行かなかったのか」と言う人たちがいます。しばしばその疑問の裏には「被害を受けたと思ってなかったのに、後になって話題作りのため、金目当てのため、冷たくされたことの腹いせのためではないか」との疑いが張り付いています。

今回ゲストのZ子さんもそんなことを言われかねないので先手を打っておきますが、警察に行かないことには いくつかの理由が考えられます。

例えば、夜中に道を歩いていたら、酔っ払った男が絡んできて、顔を殴られたとします。すぐさま相手の体を押さえつけて交番に連れて行き、被害届を出す人が少なくないでしょう。この場合、周りにいる人たちが押さえつけるのに協力したり、見かけた人が通報することもあるので、殴られた人が判断せずとも警察沙汰になりやすい。

しかし、友人や会社の同僚と家飲みしている時に口論となって、顔を殴られた時はどうでしょう。程度にもよりましょうが、その場で体を押さえつけて交番に行くことはほとんどないかと思います。騒ぎを聞きつけた近所の人が通報することもあるでしょうが、「内輪の揉め事なので大丈夫です」と告げて、警官にお引き取りいただくことになりそうです。

夫婦喧嘩でも親子喧嘩でも同じですが、この場合は「夫婦・家族の恥」とする感覚が強く働きそうです。家族じゃなくても、面識のある相手だと、事を大きくしたくないとの感情がどうしても生じます。怪我をした場合は傷害罪ですから、プライベートのトラブルでも会社や役所の懲戒の正当な事由となり得て、起訴されたあたりで解雇されかねない。それによって一家が露頭に迷うことを想像すると、制裁が大きすぎると考える人も多いでしょう。

同じ会社だと、殴られた方が「なんで警察に行く必要があるんだよ」「奥さんはいい人だし、子どもはまだ小さいんだぞ」「彼が解雇されて、プロジェクトが中止だよ。どうしてくれんだよ」なんて責められそうです。

 

 

加害者も被害者も弁護士も示談に向かいやすい

 

vivanon_sentenceなんてことまで考えないとしても、逃げも隠れもしない相手ですから、身体を拘束して身元を確定するまでもなく、謝罪なり、金銭なりを要求することが可能です。

知らない相手だと、少なくとも治療費くらいは払ってもらわないと納得できないでしょうが、これまで親交がある相手だと、これからの親交もありますから、殴られたことを借りとしてマウントを取れるとの計算もありましょう。

治療費や賠償金を取るとしても、警察に行って裁判所に有罪判決を出してもらうだけでは実現できず、民事裁判を起こさなければならないですが、弁護士をつけて時間や手間をかけるのは面倒です。だったら、直接、「金出せよ」とやった方が早い。

 

 

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