『風立ちぬ』 -夢と現実とマザコンとロリコンと兵器と反戦と生と死とがひとつとなった宮崎ワールド (柳下毅一郎)-2,972文字-
『風立ちぬ』
監督・脚本 宮崎駿
音楽 久石譲
出演 庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦
これ、「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」って献辞が掲げられているのを見たとき、てっきり「風立ちぬ」ってタイトルを使いたかったから、「敬意を込めて」タイトルを借用するという意味なのかと思った。だけどいざふた開けてみたら肺病病みの美少女と高原で恋に落ちたりするって……それ中身も同じじゃないか!「敬意を込め」るだけじゃなくて、ちゃんと「原作:堀辰雄」って書けよ! もうロリ爺のやることは……
さて、矛盾の塊である宮崎駿はロリコンなのにマザコンで、資本家なのに真っ赤っかなのだが、そんな中でも最大の矛盾は「ミリオタなのに戦争反対」という奴だろう。人を殺す武器は大好きなのだが人が死ぬ戦争は大嫌い。これこそが変態のゆえんなのだが、本作は零戦の設計者・堀越二郎の生涯にインスパイアされた物語ということでその矛盾に真っ向から飛びこむ。で、どんなものが生まれたかというと……
主人公は飛行の夢を見る眼鏡少年。夜寝ると、なにやらラピュタにでも出て来そうな変な翼を生やした飛行機を操縦してふわふわ空を浮遊する(ティーザー予告に出てたあの変な飛行機! 夢のシーンだったのか!)。
青空を自由に浮かんでいると、はるか上空の雲の中から黒い巨大飛行物体が飛んでくる。ギガントか!禍々しい飛行物体が落とす爆弾にまみれ、飛行機はバラバラになって落ちてゆく。以下、夢のような飛行と、悪夢のような落下は映画の終わりまで何度もくりかえされる。辞書を片手に飛行機雑誌を読む少年はカプローニ伯爵設計の飛行機に魅せられる。と、いつのまにか少年は草原に立ち、飛行機の前でカプローニ(野村萬斎)と向かい合っている(この映画の中では、夢はいつも青空と草原だ)。
「日本の少年よ、なぜここにいる? ここはわたしの夢だぞ」
「ぼくの夢でもあるのです」
「我々の夢と夢とがくっついたというのか!」
集合的無意識なのか! 相手は第一次世界大戦前後、ユニークな飛行機を送りだしたイタリアの天才的設計者ジャンニ・カプローニ。この映画においては設計技師はみな理想主義の天才であり、その夢は共有される。共有される集合的無意識にずぶずぶと入っていってしまう場面、とんでもない高揚感があって引きこまれる。天国に踏み込む恍惚。アニメーションの天才、宮崎駿が生涯でいちばん(ロリの次に)好きなものを描いているのだから当然かもしれない。
「少年よ、きみの夢はなんだ?」
問われて少年は自分の夢見る飛行機を示す。
「美しい夢だ……設計者は夢にかたちを与えるのだ」
少年は設計技師になることを決めるのだった。
(残り 1932文字/全文: 3022文字)
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