柳下毅一郎の皆殺し映画通信

ウラジミール・ソローキンの”Mishen” -中国、全体主義的未来社会、セックスと暴力……現代最強のポストモダン作家の世界 (柳下毅一郎) -2,669文字-

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Mishen(2011)

監督 アレクサンドル・ゼリトビチ
脚本 ウラジミール・ソローキン、アレクサンドル・ゼリトビチ
出演 マクシム・スカノフ、ジャスティン・ワデル

 

ico_yan 青い脂 ウラジミール・ソローキンと言えば「ロシア文学の怪物」「文学破壊者」の二つ名を持つ現代最強のポストモダン作家である。『青い脂』で第三回twitter文学賞を受賞する勢いもそのままに翻訳された『親衛隊士の日』も大好評。ちなみに青い脂がどんな話かというと、トルストイ、ドストエフスキー、ナボコフら文豪のクローンたちが小説を書くとゼロ・エントロピーの物質「青脂」が分泌される。それを使ってタイムスリップしたパラレルワールドでは第二次世界大戦でソ連とナチス・ドイツが勝った世界であり、ソ連最高幹部であるフルシチョフとスターリンの濡れ場がくりひろげられる。何を言っているかわからないと思うが、実際こういう話なんだから仕方ない。ちなみにフルシチョフとスターリンのセックス描写に関してはソ連邦時代に生きていた年金生活者が怒っていたそう。「フルシチョフがスターリンのケツを掘るとかありえない! 普通逆だろ!」と怒られたとソローキンは語っていた。BLの道は厳しい。

IMG_0138さて、そんなソローキンだが、実は映画ファンとしても知られており、映画の脚本も何本も書いている。アレクサンドル・ゼリトビチ監督に提供した脚本がMoscow(2000)として映画化されたのを皮切りに、これまで映画化された作品が四本。2005年の4はバーで出会った四人が適当な法螺話をはじめるが、実は嘘と思っていた話が本当で……みたいなお話である。一人はソビエト政府は1940年代からクローン技術を開発していたと法螺を吹くのだが、いかにもクローン好きのソローキンらしいネタである。

さて、今回取り上げたいのはその映画ではなく2011年に公開された新作。ひさびさにアレクサンドル・ゼリトビチ監督と組んだMishen(標的)である。

未来のモスクワ。天然資源省の大臣ヴィクトル(マクシム・スカノフ)は美しい妻ゾーヤ(ジャスティン・ワデル……南アフリカ出身の美人女優で、この映画のためにロシア語をマスターしたとか)にもめぐまれ、何不自由ない暮らしを送っているように見える。だが、実際にはその暮らしは乾ききり、二人のあいだに愛はない。仮面をかぶって老化を遅らそうとしているゾーヤはヴィクトルに触れられるのも嫌がっている。そこでヴィクトルはすべての問題を解決してくれる特効薬をほどこすことにする。その目的地にいけば永遠の若さが手に入るのだという。

IMG_0150二人は飛行機を乗り継ぎ、中央アジアのどこかに向かう。途中、テレビ司会者ディミトリと武装税関吏ニコライ(ヴィターリー・キシュチェンコ)が加わる。攻撃的な司会者ディミトリは何も信じず、ただ『馬鹿にもわかる中国語』というラジオ番組を延々と聞きつづけている。携帯電話も通じない荒野の真ん中に放り出された四人は、無愛想なトラック運転手にぼったくられながらついに目的の地にたどりつく。バラックのような宿には先客がいた『馬鹿にもわかる中国語』講座のナレーター、アンナである。「あなたは声で想像していたとおりの人だ」と言うディミトリ。二人はただちに恋に落ちる。

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tags: アレクサンドル・ゼリトビチ ウラジミール・ソローキン ロシア 洋画

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