『全開の唄』 予想外の爆音上映のケイリン映画。ああ……金があるところで映画は作られる。だがその映画を見る者は誰もいない(柳下毅一郎) -3,130文字-
『全開の唄』
監督 中前勇児
脚本 中前勇児、山本浩貴
出演 佐野和真、中村ゆり、遠藤雄弥、中島愛里、河相我聞、佐藤二朗、六平直政、原史奈、浅野和之、西本はるか、フィファン
いつかは出会うことになるだろうと思っていたがついに来てしまった。貸し切り上映である。「こんな映画いったい誰が見るんだ!」と言いつづけていたわけだが、ついに「俺以外誰も見ていない」という状況に出くわしてしまった。それにしてもこの映画、深夜上映とはいえ都内単館公開で公開二日目、それで観客一名って、いったいこの映画を見る人はこの世に(出演者以外で)何人いるのだろう? ひょっとしたら世界で三桁いかないとかそんなことも……怖い考えになってしまった。
さてそんな『全開の唄』だが、原作は沖縄の人気バンド「かりゆし58」の同名曲だという。実際に映画の中でもメンバーが歌っているのだが「♪前進前進GO! 全身全霊でGO!」みたいな目の前で歌われてたら全力で逃げ出したくなるような歌。それを『サンゴレンジャー』でおなじみ沖縄には縁の深い中前勇児監督が映画化するとなって何を全開にしたのかと言えば音量。登場人物が全員怒鳴るのは当たり前なのだが、それ以上に台詞の録音レベルが異常に高く、さらに劇場がヴォリュームをあげているようで時ならぬ爆音上映。しかしいくらヴォリューム全開にしたって耳がキンキンするだけで物語の説得力はいささかたりとも増すわけではない! その中身はなんと予想外のケイリン映画。ああ……金があるところで映画は作られる。だがその映画を見る者は誰もいない。そんな人間社会の真理を垣間見る思いがしたことですよ。
さて、都立教立大学の学生只野健一(佐野和真)は何かと言えば自分の思っていることを大声で絶叫するくせがある自転車部員である。折しも慶明大学の関東大学チャンピオンであるスター自転車選手井沢(遠藤雄弥)との試合があるという。健一は
「競輪王に、俺はなる!」
と勢いこんで(そういうの、もういいから…)学園のアイドル(という割には別に可愛くない)ツバキ(中島愛理)に
「俺は告白する!」
と宣言。
「負けたらクラスの笑いものになって学校生活終わる」という親友の声にも耳を貸さず、
「今日の試合に勝ったらつきあってください!」
と宣言する。なんたる自己中野郎。だがこいつの自己中心性は別に彼女に対してだけ発揮されるわけではないのだった。
放課後、屋外バンクのある学校で試合がはじまる。一対一のスプリント勝負……という時点で何の試合なのこれ……という感じなのだが、いざスタート! 先行する井沢に全然追いつけないまま健一は惨敗、しまいにこけて競争中止。あーあ、と思ったら
「今のはウォーミングアップだ。次は全開で行くからな」
いや何それ。どういう試合なの!? 井沢は「何度でもいいですよ」と余裕をかまし、リベンジ・マッチでも完勝。てかただの練習のためにわざわざ他大学まで来てこんなナメた態度を取られても怒らないなんて井沢くんイケメンすぎますね。さらには走り終わるとつかつかとツバキに近寄って
「良かったら、このあと食事にでも行きませんか?」
とナンパ。ツバキはいそいそとついてゆく。健一、勝負も女も負けてしまった!
トボトボとシャッター商店街を歩く健一(なんとジョイフル三ノ輪商店街らしい。なんでオレは三ノ輪商店街を舞台にした映画ばっかり見てるのか)。そこへ来たのが勤務開け風のキャバ嬢アヤカ(中村ゆり)とヒモ男(河相我聞)。ヒモ男、アヤカをぶん殴って給料をすべて取り上げてしまう。それを物陰から見ている健一。え、助けないの? 助けないんです。ヒモ男に「何見てんだよ!」と威圧されてヘコヘコしていた健一、ヒモ男が去るとつかつかとアヤカに駆け寄ってハンカチを差し出す
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